第9話

 画面に集中しながら、俺は自分の両手がこれから先はコマンド入力などでノーミスを許さないという緊張感に駆られて、両手が震えている。


 もし一回でも入力をミスしたら、そこで負けるというゲームならではのあの独特の何とも言い難い緊張の中で汗であふれている。


 まるであともう少しでボスキャラを倒せるが、攻撃を外したらそのボスが次のターンで大技を使いパーティは次のターンで全滅するような子供の頃に遊んだロールプレイングゲームをしている緊張感を思い出させてくれた。


 こんな気分になったのは久しぶりだった。


 今まで対戦格闘ゲームのウルフォシリーズで地元店内の強豪達と最初は負け続け、やり込んでいるうちに段々と渡り合うようになったが、それでも勝てなかったこともあったのを思い出して悔しい思いをしたこともあった。


 だがこいつは……ゼルダは負けても不思議と悔しくない気がする……それは何故だろう?


 こいつが10位という実績とそれ以上の実力を持っているから?


 だから今までの対戦相手達とは違うし、負けても仕方ないからって気持ちになるのだからだろうか?


 相手は同じ人間なのに?


 そうだよ! 


 同じ人間である限り、どんな相手に負けても悔しいのは当たり前だ!


 たとえ俺がレベル1のスライムで、相手のゼルダがレベルカンストしている魔王でも負ければ俺は悔しがる。


 たとえ周りが当たり前だと言われようが俺は悔しがる、嫉妬する。


 勝ちたい。


 金や名誉やプライドなんかじゃない……俺自身の格闘ゲームにおける遊びにやる気を出さなくても主張すべき何かを守るために俺は……諦めない。


 やる気なんてないのに熱くなっている自分がいる。


 けどこれはやる気とは違うものだと俺は今そう思っている。


 この感情は別なのだとそう言い聞かせる。


 変な矛盾をまるで疑問のままなのに、答えを掴んだ気になって先に進んでいるような気分だったが気にしないことにした。


 俺の中で『遊び』だったものが『本気』になりそうな変化が一瞬だが見えた気がした。


(おっといけない、今はそんなことより対戦に集中しなくちゃ!)


 ここから近づいて、そして近距離限定の必殺技でダメージを与えるためにコマンドを入力する。


 しかし、必殺技のアッパーは相手に当たらずに外された。


 この技は外すとキャラクターが空中に飛ぶので隙が生まれる。


(しまった!)


 俺がそう思った時と、その外した必殺技の隙を見逃さなかったゼルダは、わずか3フレームで入力された超必殺技アルティメットで、俺のキャラクターは相手の超必殺技アルティメットをもろに喰らった。


 俺のキャラクターの体力が0になり、見事に倒された。


「あっ……負けた……」


 そう呟くとともに、俺のキャラクターは起き上がることなく倒れていた。


 画面を見れば結果は2本勝利で試合はゼルダの勝ちだ。


 俺には「YOU LOSE」と書かれた文字が表示されるだけだった。


 終わった……無念だ……ただただ悔しかった。


 そしてさっきまで言っていた『遊び』だったものが『本気』になりそうな変化とかいうのをただの錯覚だと思い、それを忘れるがごとく一気にやる気がなくなる。


 そうだよ。


 たかがゲームだ、プライドは汚されたが格闘ゲームに熱くなっているなんてどうかしているだろう。


 そう俺はきっとまた本気にならずに遊びに夢中になってただけだ。


 対戦が終わると相手のゼルダからフレンド登録の申請というメッセージが届く。


 なんだろうと思って読んでみると、君中々ゲーム上手いね。また対戦しようっと書かれたメッセージだった。


(上から目線かよ)


 だがゼルダってやつが俺より上手かったのは事実だ。


 フレンド登録すればメンバー同士の対戦申し込みが手軽に出来る。


 メリットとしては、ゼルダとこれからも対戦していけば俺のほうが上手くなるはずだ。


 とりあえず断る理由もなく、そういったメリットもあるのでフレンド登録した。


 今日の戦いの敗因は前半は善戦してたが、後半からずっと集中しすぎて疲れたことだろう。


(今回は負けたが次は勝てる)


 練習して経験を積めば勝てる相手だ。


 フレンド登録したゼルダからメールが1件届いた。


 何だろうと思って開くとこう書かれていた。


 ○○区○○市のゲームセンターアドアーズで来週の火曜日の10時から16時までウルフォ4をプレイしている。今使っていたのはサブキャラだ。リベンジしたければこの挑戦を受けろ。もし地元じゃなければ出来ないと返信しろ。


 それはゼルダからの挑戦状だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る