ある意味チートスキル



 今週は、ともかく人に疲れる一週間でした~。こうなんでしょうね。私は、人との距離感をある一定程度保ちたいタイプです。ほら、コミュ障なもので。家族でも、ずっと誰かと一緒にいると息が詰まっちゃうんです。


 今日は朝一で会議でした。後輩と一緒に参加したんですけれども……。


「ほうほう、なるほど、なるほど。う~ん、いやいや」


 後輩が案件について説明をしているのを、私が隣で書きとっていると、ともかく相手方の相槌の多さったらない。ここまで相槌が多いと、むしろ「こいつ、聞いていないんじゃないか」「早く終われってことなんじゃないか」と思ってしまう。いつもだったら、口を挟むところですが、そんな気になれなかったんですよね。

 彼女も同様なんでしょう。いつもはハキハキと話しているのに、だんだんと声のトーンが下がってきたかと思うと、結局は無言。もう少し、説明したかったようですが、思考停止してしまっているのが、傍から見てもよくわかりました。


 「私には難敵過ぎた! まだまだ修行が足りなかった!」とショックを受けて帰ってきた後輩。なかなかポジティブ。リベンジするしかない!


 コミュニケーションって、スキルをどう駆使するかなんだと思うんです。相槌もそう。効果的に使えば話は弾む。しかし、多ければいいというものでもないということ。正直、この相手方の方、上辺だけで、人とは相いれないタイプなんだと思います。人当たりよくは見えるけれども、他者を寄せ付けない。他人から話をする気力を削ぐチートスキルをお持ちなんだと思ったのです。


 相槌って、難しいんです。人は無意識に、自分の感情や考えに同調すると、相槌を打つ。特に女性。私も然り。ですから、仕事中、面談をする際には、細心の注意を払って意図的に相槌を使います。相槌を打つ場面を間違えると、「あんたも、そう思っていたんじゃない!」と怒らせることになりかねないからです。

 しかし、ここまで無意味に相槌を打たれると、なんの意味も成しませんね。やっぱり、「ああ、この人と話してよかったな」って思ってもらいたいですから、気持ちよくコミュニケーションは図りたいところです。


 昔、担当していたお客さんの息子が言った言葉が心に残ります。


「世の中の人間を十人だと仮定すると、どうしても分かり合えない、相性が悪い人は二人。自分を大事にしてくれて、気が合う人が二人。残りの六人はどうでもいい人。だからね、自分を大事にしてくれる二人を大切にしなくちゃいけないんだよ」


 って、お母さんに言い聞かせていました。まあ、この割合って、なにかの学術的根拠があるかどうかは定かではありませんけれどもね。そんな感じなんだと思います。


 世の中には、どうしても分かり合えない人って、いるわけです。人間です。全ての人と分かり合うなんてことは不可能ですから。私もそれは同感。人は変わりません。自分が変わるしかない。だったら、分かり合えない人と、分かり合おうという努力は無駄だったりもするんです。これは人生経験で学んだこと。

 自分を大事にしてくれる人。自分が分かり合いたいと思う人。そういう人を大事に生きていくというのがいいと思うんですよね。

 しかし、生きていると、どうしても鬼門キャラに出会うものですし、それは避けて通れないというのが現実ですね。

 自分の中で折り合いをつけて生きていかなくちゃいけないって思いますが、それでもやっぱり疲れます。躰の疲れよりもなによりも、精神的な疲れが堪える今日この頃です。

 

 今日は愚痴でした。ごめんなさい。もう金曜日は電池切れ! 美味しいものでも食べて、リフレッシュー! と行きたいところですが、まだまだ続く吹奏楽のお手伝い。

 母は休みなしです!

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