夢のつづきを

蓮実

第1話

 人に原始体験というものがあるとするならば、僕のそれは桃色の記憶だ。

 母の胎内に揺られ、透明に濁った羊水の中で、僕は長い夢を見ていた。長くて気怠い、気の遠くなるような波の中を、僕は行ったり来たり、ゆっくりと時間をかけて漂っていた。


 連綿と続く綿菓子のようなこの空間は、ゆりかごというよりもぶらんこに近い。やわらかいひだには弾力があり、時折着地を間違えてしまう僕を優しく受け止める。

 ひだには時折隆起した塊があり、そこでは映像を見ることができた。

 突起からぽわんと噴き出す泡のひとつひとつに、シャボンの膜の反射するかのごとく映像が映りこむ。僕はそのシャボンの群れを、記憶の波、と名付けた。

 はたしてその記憶の波では、ショートムービーでも見ているかのように、誰とも判別のつかない記憶を見ることができた。あちらに行けばスーツ姿の男が路上で汗をぬぐう姿が、こちらに行けば誕生日のろうそくを吹き消す幼い少女がいた。

 僕は不思議に感じるよりも、ただそのぶらんこで遊ぶかのように、ゆらゆらと時間をかけて記憶の波間を行き来した。


 それらの記憶は、僕自身が記憶として認識できるわけではない。現に微笑む少女を見たとしても、それは僕の記憶に一片の波紋も与えない。

 だからこそ僕は思いを巡らせてしまう。その微笑みが僕にもたらす優しい感覚を。もしかしたら少女は、いつかは僕の娘だった事があるのかもしれない。


 桃色の海綿体は、時につらい映像を見せることもある。

 矢庭に、金切り声をあげる車のホイールがその本体からはじき飛んで視界が暗くなる。次の瞬間の記憶は、いくら手繰り寄せようとしてもつかまらない。どこかに糸はつながっているようなのだ。むしろ、なにか岩のようなものに固定されているかのように、手繰ろうとするとツンとその手ごたえを返してくる。

 そんな記憶たちはいくつかあって、他のものと違い、たいてい何度か同じ場面をリピート再生するのだった。

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