妖居酒屋「涼」での不思議な時間

星塚莉乃

プロローグ 選ばれたのは

人気のない薄暗い帰り道を僕は意識が朦朧とする中で歩いていた。それもそのはず今はなんと夜中の2時を少しすぎたところなのだから。

「あの鬼上司め! 食べ物くらいなんでもいいじゃないか……あいついつか地獄にでも落ちればいいのに。なんで僕が彼奴の食事の準備までしないといけないんだ! 僕は仕事だけで手一杯だと言うのに」

そう不平を漏らすも、その声は闇に消えていく。ちょうどそんな時だった。あの人から声をかけられたのは

「ちょっとそこのお兄さん! よっていかない?」

会社帰り堅苦しいスーツを着てとぼとぼ歩いていた僕が振り返ると、そこには妖艶な雰囲気を持つ真っ白な肌の髪の長い、どこか懐かしい着物を女性が立っていた。

今どき着物なんている人もいるのだなと思い今自分が思ったことを思い浮かべてみる。懐かしいと思うなんておかしいだろう。僕は彼女にあったことがないのだから。僕の返答がないことを訝しがり、女性は強引に僕の腕を掴んだ。しかし、お店らしきものは見当たらない。僕は、そっとその手を離した。その手は氷のように冷たかった。

「お店は見当たらないようですが……どこから来たのですか?」

すると女性は驚きながら目の前をさし僕をからかうようなそして心配そうな眼差しを僕に向けた。

「お兄さん、大丈夫? お店なら目の前にあるよ?」

ふと僕が視線を前に向けると女性が言ったようにそこにはお店があった。どこか日本家屋を思わせるようなその佇まいと古い木の看板。そこにはこう書かれていた。

“居酒屋「涼」”と

僕は驚いた。いつこの店が現れたのだろうと。先ほどまでは店などなかったはずなのに……

僕がその場で考え込んでいると、先ほどの女性が痺れを切らしたのか僕の腕を掴むと強引に引っ張って行った。そして扉をガラガラッと開けるとこう言い放った。

「一名様ご案なーい」

僕が入ると静電気のようなものが身体を駆け抜けていった。これはいったい何なのだろうと考えていると奥から大きな猫が出てきて一言。

「いらっしゃい」

と少し低めの声で言った瞬間僕の意識は途切れた。意識が途切れる前に猫って尻尾二本あったか? そう思った。せめて大丈夫とだけでも伝えたかったが、それは無理だった。

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