真・終章
後日譚 Challenge day
プロローグ1
A、A、A+、A、
画面に並んだアルファベットを確認しながら、スクロールバーを下へ下へと動かしていく。
A+、A、A、B、
ほんの少しだけ速くなった鼓動。
……A、A。
──フッと息を漏らして、パソコンから目を離した。それから、椅子の背にもたれて軽く伸びた。この椅子は僕が京都で一人暮らしを始めるにあたって両親から贈られたものだ。狭い部屋には不釣り合いなほど立派なオフィスチェアだが、長時間座りっぱなしでも快適で良い。
視線をもう一度パソコンの画面へ戻す。
悪くない──いや、想像していた以上に良い成績だ。正直に言うと、自分でも驚いているほど。
僕は、君の友人に相応しくなれそうだろうか。
華奢な体に白い肌、端正な顔立ちの青年を思い浮かべる。
一緒にいると自己を偽ったり隠したりするのを自然と忘れてしまうような、背筋がピンと伸びるような、あの純粋で独特な雰囲気が懐かしい。
アキラ、
僕は5年ぶりにコンクールに出るよ。
*
昼下がりの井岡ピアノ教室では、窓越しの光がYAMAHAのグランドピアノを優しく包み込む。僕は京都市に越してから半年弱、ほぼ毎週ここで井岡先生のレッスンを受けている。
「──というわけなので、このコンクールのアマチュア部門に申し込みたいと思っているんです。井岡先生」
「コンクールに出るのに、『大学の前期成績発表でいい成績を取れたら』なんて条件を自分に出してプレッシャーをかけるだなんて、全くなんというか、真面目な君らしいけど。で、あまり時間は無いけど曲はどうするつもりかな?」
「コンクール規定によると、僕に与えられる演奏時間は13分程度です。──ショパンの〈バラード1番〉を」
「バラ1か。妥当だね」
「それに〈エチュードOp.25-2〉を足せば約12分です。エチュードの方は……昔コンクールで弾きました。今も弾けます」
「わかった。バラ1の方の譜読みはいつまでにできそう?」
「もう譜読みは終わっています。よければ今からでも見て頂きたいんですけど……」
「勿論いいけど……。バラ1、今まで弾いたことがあったの?」
「いいえ」
「そうなんだ。ふふふ」
「あの……?」
「ごめんごめん。なるほどね。つまり、元からコンクールのために多忙の合間を塗ってバラ1の練習を進めておきながら、コンクールに参加する資格が自分にあるかわからず、申し込みするかどうか決めかねていた──ということだね?」
「? そうなりますね」
「そんなに準備していたなら、前もって私に知らせてくれてもよかったのになあ」
「隠していたわけじゃないです。ただ、もし大学の単位を落としてしまったりなんかしたら、僕にはキャパシティが無いんだと思ってコンクール参加を諦めるつもりだったので。そうなった時、先生に申し訳ないなあと」
「なにも、そこまでシビアに考えなくてもいいんじゃないかな?学生のうちは周りに迷惑をかけてでも、したいことをすべし!」
「もう一度ピアノを始めて、僕は……。僕は、今度こそ、何も中途半端にしたくなくて。勉強もピアノも、やるからには後悔したくないんです」
「そっかあ。ふふふ。うんうん!いいね!はっはっは」
「井岡先生。さっきから、どうしてそんなに笑うんですか?」
「いや失礼。君が生真面目──ストイックだからさ。私が君くらいできる子だったら、もっと調子に乗って無茶しちゃうな。このコンクールなら、一般部門の方に申し込むかも」
「調子に乗るもなにも……。僕には、調子に乗れるほどの特性は無いですから」
「ブランクがありながらあれほど弾けておいて、何を言うか。……つかぬことを聞くけど、大学の今学期のGP
「僕のですか?4.0ですけど。マックスは4.3です」
「……一人暮らしで、毎週レッスンに来ていて、注意したところを確実に直してから次の週のレッスンに来て、しかも来月には東京の子と二台ピアノを演って、K大生で、GPA4.0……?これは……謙遜っていうよりは──」
「先生、レッスンの時間が」
「あ、そうだね!今週からバラ1とエチュード、新曲だ。早く始めないとね」
(注1)GPA:各科目の成績から特定の方式によって算出された学生の成績評価値のこと。
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