第381話 指名依頼
「それにしてもさすがSランク冒険者のシュウ殿じゃな」
前のめりになりすぎたと自分でも思ったのか、一歩引いて壁と玄関しかない私有地を見回している。ちなみにここを監視しているのは小さい虫TYPEなので、壁上にいるけど気づかれることはない。
「そうですか?」
何がさすがなのかわからずに首を傾げてしまう。むしろ何の情報もなくここまでやってきたマイルズさんがさすがだと思う。
「たったひと月足らずで、端が見えない壁と玄関門ができとるじゃろう?」
ああ、なるほど。実際には一時間もかかってないけど、普通はそれくらいかかるのか。
「まだ壁と門しかないですけどね」
肩をすくめながら門を開けると中を見せる。護衛の冒険者にもどうぞと声を掛けると、恐る恐る中の様子を見に来る。
「え、何もないんだけど」
「どっから来たんだこの人?」
などとささやき声が聞こえるがスルーだ。
「ふむ……、この先にシュウ殿の拠点が?」
「ええ、どこかにあります。まだ構築中ですけどね」
「なるほど。これだけ広いと大変そうじゃのう……」
ぼかすように伝えると納得したのか、それ以上は突っ込まれなかった。
それにしてもTYPEシリーズに監視してもらってれば完璧とか思ってたけど、案外そうでもなかった。出迎えは自分でやらないとだし、実際に迎えてみればこうやって何もない屋外で話をしてるし、最低限の訪問者にただ気づけるだけだ。
次元の穴を通して拠点に招くわけにもいかないし、これはもう迎賓館を作るしかない。もしくは監視をやめるかだな。
「それで、巨大魚を一匹丸ごとという話ですが、俺たちへの依頼ということですか?」
時間が停止した異空間ボックスにはまだまだストックがあるが、ソレージュ湾で漁をしたのは一か月くらい前だ。時間停止はとくに宣伝していないので、普通に考えると在庫があるとは考えないだろう。
「おお、そうなのじゃ。シュウ殿から仕入れた魚が思いのほか売れてのぅ、これは勝機が来たと思い切ってみようと考えたわけじゃ」
「それならギルドに指名依頼を出してもよかったんじゃ」
「わはは! そんなものすでに出しておるよ」
「ああ、なるほど」
豪快に笑うマイルズさんに納得する。なかなかギルドに現れない俺たちにしびれを切らしたというところか。商品が売れた直後の機会を逃したくなければ、早いほうがいい。
「そういうことならかまいませんよ」
ここのところずっと建物を作ってたので飽きてきたとも言える。しばらくは使用人たちに内装まわりを整えてもえばいいし、なんならその内装のもろもろをマイルズさんにお願いしてもいい。
「おお、それはありがたい! ここまで来た甲斐があったというもんじゃ」
「それで、獲ってきた一匹をそのまま渡せばいいですか?」
「うむ、解体はこちらで雇った人間でやるので、港までお願いしたい」
「わかりました」
「要件はそれだけじゃ。納品日を楽しみに待つとしよう」
それだけ告げるとマイルズさんは護衛の冒険者を連れて引き返していった。
「なかなか行動力のある爺さんだな」
少しだけ感心しながら改めて周囲を観察する。何もない荒れ地に壁と鉄格子門があるだけだ。監視用TYPEシリーズが壁の上にいるが、含めなくていいだろう。
こうして見回してみれば確かに広い土地だし、いろいろと活用方法はあるのかもしれない。
巨大魚についてはストックを放出してもいいけど、やっぱり気分的には獲れたてを提供したい。さっそく今から漁に出るかと思ったが、マイルズさんが街に着く前に仕入れても意味がないと思いとどまる。
ここからアイソレージュまで馬車で四日ほどだ。それまではここでできることをしておくのがいいかもしれない。
「とりあえず戻るか」
テレポートで家の二階のリビングへと直接戻る。
「おかえりー。どうだった?」
三十畳を超える広々としたリビングに全員が集まっており、真っ先に気づいた莉緒が声を掛けてきた。
「ああ――」
巨大魚を丸ごと欲しいという話をすると、それぞれがそれぞれの反応を返してくる。
「これはでっかい魚を獲ってこないとね」
「本気か? あの爺さん……」
「おさかな美味しいもんねー」
「ふふふ、ならば美味しいレシピを売り込んで来ましょうか」
マイルズさんが一度にどれだけお金を出せるか知らないが、莉緒とエルは搾り取る気まんまんだな。しかしあんまり大きすぎても港に出せる場所はあるんだろうか。
「それと、敷地の玄関なんだけど――」
迎賓館を建てるかいっそのこと無視することにするかということを相談したところ、迎賓館を建てると即答だった。
「使用人もやる気だし、経済は回さないとね」
というところが理由である。
相談するまでもなくわかっていたことだけど、ここのところ建設続きでなんとなくやりたくなかっただけなのだ。そのなんとなくでやるべきことをやらないのもなんなので、きっちり仕事はするけど。
「んじゃあ、マイルズさんに魚を卸しに行くまでは迎賓館を建てますかね」
「はは、俺は何も手伝えないからがんばってくれとしか言いようがないが」
「ボクも……」
イヴァンとフォニアが申し訳なさそうにしているが、適材適所だ。イヴァンはそもそも魔法が使えないし、フォニアも土魔法は使えるけど建築に使えるほどではない。エルに至っては建築よりも秘書の役割をしてくれたほうが助かる。
「まぁここを守ってくれたらいいよ。危険な魔物はいないと思うけど万が一はあるかもしれないから」
俺と莉緒が迎賓館の建設で離れるということで、念のため周囲に壁は作っておくことにする。防衛をおろそかにするわけにはいかないのだ。
「ああ、強敵が出てきたら呼ぶけど、時間稼ぎは任せてくれ」
「それじゃあよろしく」
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