第123話 結婚の儀
そして迎えた今日。莉緒との結婚式である。
金糸と銀糸の装飾のついた濃青の上着に真っ白いパンツスタイルの礼服を着た俺と、オフショルダーのレース編みがところどころに施された純白のワンピースドレスに身を包んだ莉緒が、神殿への道を歩いている。
「ちょっとだけ恥ずかしいな……」
宿のオーナーに聞いたところ、結婚の儀にはみんな着替えてから神殿に向かうということだった。どうも更衣室といったものは神殿にないらしい。
「えへへ……、でもちょっと嬉しいかも」
俺の腕を取って歩く莉緒は、俺へと嬉しそうに笑いかけてくる。
こうして神殿への道を歩いているだけでも、そこら辺の通行人から「おめでとう」やら「お熱いねぇ」などと祝福や揶揄いの言葉が飛んでくる。悪意のない言葉を聞くと、この世界の人間すべてが悪いものでもないと実感ができる。
「そうだな。異世界に来なけりゃ莉緒とこうして二人でいられなかったことを考えると、悪いことばっかりじゃなかったな」
「うん」
異世界に召喚されるまではまったく接点のなかった俺たちだ。一応はクラスメイトだったけど、しゃべった記憶はほとんどない。
「よう来たの」
注目を浴びながら神殿へと到着すると、以前神殿で対応してくれた神官服姿の婆さんに出迎えられた。
「おはようございます。今日はよろしくお願いします」
「ひっひっひ、そんなに畏まらんでもええわい。今すぐ始められるが、誰か招待してる人物などいるかね?」
「あ、はい。もう来てると思うので大丈夫です」
神殿へ向かう途中でラシアーユ商会へ寄ったが、フルールさんは先に神殿へ向かったと教えられたので問題ない。
「ほうほう。では始めるとするかの。お前さんはここで見ているといい」
後半は従魔のニルへの言葉だ。言われたニルは大人しく座り込むとクワッと大きく欠伸をする。
「しばらくすると鐘が鳴るのでな。それを合図に真正面からゆっくりと祭壇に向かって歩いていくのじゃ」
「わかりました」
その他手順や注意事項などを聞いていると、『ガランガラン』と屋根の上から鐘の音が響き渡ってきた。
合図もなく唐突な鐘の音に緊張が高まっていく。いやある意味この鐘の音が合図なのか。
隣にいる莉緒へと視線を向けると、二人そろって頷き合う。莉緒が俺の腕を取るのを確認すると、真正面にある祭壇の女神さまを視界の中心に据え、ゆっくりと歩き出した。
後ろからはバタバタと神殿に入ってくる人たちの気配も感じられるが、厳かな雰囲気の中振り返るわけにもいかない。
ニルの一声が後ろから聞こえたけど、きっとニルも祝福してくれているに違いない。
真正面にある女神像の後ろに窓があるせいか、後光が射しているような、女神像が光っているような錯覚に襲われる。
思わず目を細めていると、女神像手前の祭壇にさっきまであれこれ説明をしてくれていた婆さんが姿を現した。ちょっとだけ豪華なローブを羽織っているが、雰囲気を読んでかその表情は真面目そのものだ。
ゆっくりと祭壇手前までくると、片膝をついて跪く。婆さんが頷くのを見て取ると、莉緒と二人そろって両手を合わせて目を瞑る。
婆さんがゆっくりと女神像へと振り返る気配を感じた後、朗々と神様へ祈りをささげる言葉が聞こえてくる。次第に瞼の向こう側が眩しくなってくる気がするけど、今目を開けるわけにはいかない。
周囲の人間がざわつく声が大きくなってくる。いったい何が起こっているというのか。前に結婚の儀を見学したことはあったけど、なんとなく女神像が光ってる気がしたくらいだったはずだ。本当に光ってるんだろうか。
疑問に思っていると、女神像に祈りを終えた婆さんがこちらを振り向く気配がする。
「シュウ、そしてリオよ、目を開けるがよい」
言葉通りに目を開いたところで息をのんだ。婆さん眩しい。いや違う。女神像がすげぇ光ってる。なんなのこれ。
「では、女神さまへの誓いの言葉を続けるぞ」
「は、はい」
聞きたいことはあるけど、ここで横槍を入れるわけにもいかない。
「幸せな時も、困難な時も、富める時も、貧しき時も、病める時も、健やかなる時も、死がふたりを分かつまで愛し、慈しむことを誓うかの?」
そうだ。俺は、これから莉緒と二人でこの世界を生きていくんだ。多少わけのわからないことが起こったって、ここは魔法の存在する異世界だ。婆さんは通常通り結婚の儀を進めているし、特に変なことが起こってるわけではないのだろう。
そう思うと気が楽になった。莉緒へと顔を向けて微笑みかけると、同じく笑みが返ってきた。うん。問題ない。
「「はい。誓います」」
「では誓いの口づけを」
その場で立ち上がると、女神さまの前で莉緒と二人向かい合う。
「莉緒。左手を出して」
「え?」
疑問の声を上げるも、素直に左手を差し出してくれたのでその手を取る。異空間ボックスから昨日手に入れた指輪を取り出すと、莉緒の左手薬指へとはめる。自動でサイズ調整がかかり、ぴったりとフィットした。
「これ……」
「うん。よく似合ってるよ」
オリハルコンを使用した黄金の輝きに、宝石部分には淡いブルーの輝きを放つ魔石が嵌められている。この指輪は『身代わりの指輪』というやつだ。なんでも致命傷を一度だけ防いでくれるという。
「ありがとう」
指輪を見つめてにへらと笑う莉緒に笑みを返す。両肩に手を添えると、莉緒がこちらに視線を向けて瞳をゆっくりと閉じる。
そっと近づくと口づけを交わし――眩しく輝いていた女神像がさらに輝きを増したかと思うと、視界が白に塗りつぶされた。
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