第120話 スマホの充電をしてみよう

「よし……。やるか」


 スマホをテーブルに置いて気合を入れる。商都の観光も一息ついたところで、オークションで落札したスマホの存在を思い出したのだ。


「とりあえずどうするの?」


 莉緒に尋ねられるが、いきなりUSB端子に電流を流そうなんて思っていない。そういう意味ではスマホの出番はまだないと言えるが。


「とりあえず微弱電流を魔法で発生させる練習かな……」


「そうねぇ。案外威力を抑えるって難しいのよね」


 魔力を込めれば込めるほど威力は上がる。威力を抑えるには込める魔力を少なくすればいいんだけど、ある程度のところまでいくと逆に魔力が増えるんだよな。スマホを充電するのに必要な電力なんてたかが知れてるだろうし、相当威力を抑えないとダメな気がする。


「今まで手加減する方向で練習したことないからなぁ」


「……師匠は強すぎたもんね」


 俺たちが手加減されてる側だったからな。

 よく使う雷魔法といえばライトニングボルトだな。前方に向かって雷を飛ばす魔法だけど、今回はこれをどう改良しようか。


「とりあえず指先から微弱電流を流せるようになればいいかな」


 右腕に魔力を集めて電気へと変換していく。少しずつを意識しているけど、やっぱり難しいな。


「難しいわね……」


 向かいの椅子に腰かける莉緒も、眉間に皺を寄せて自分の手を見つめている。

 なんか右腕からパチパチと音が聞こえるんですけど、放電してないですかね。もうちょっとその右腕を鎮めないと。


 いかん、中二臭くなってきた気がするぞ。ってか俺の腕もなんか痺れてきたような気がする。鎮まれ俺の腕よ。

 しばらく無言で集中していると、莉緒から大きなため息が聞こえてきた。


「ちょっと休憩にしない?」


「あー、そうだなぁ」


 気を抜いた瞬間に部屋の扉がノックされる。


「はいはい」


 ここは商都の宿のスイートルーム。このタイミングでノックがあるとすれば、スイートルーム付きメイドのオリビアさんだろう。


「失礼します」


 声をかけると案の定、カートを押したオリビアさんが入ってきた。


「お茶の用意ができましたのでお持ちいたしました」


 いやホントになんなのこの人。俺たちのこと一日中監視してるんじゃと疑ってしまいそうになるくらいにタイミングがいい。


「ありがとう」


 焼き菓子が皿に盛られ、湯気を上げる紅茶が用意されていく。その手際には一切迷いがない。用意が終わると、部屋の隅で寝転がっていたニルにおやつをあげている。

 用意された席へと移動して、二人そろってまずは紅茶に口を付ける。


「ふぅ」


 やっぱり一息つくって大事だよね。師匠はずっと詰込み型だったけど、きっと休憩することで集中力は保たれると思うんだよね。


「美味しい」


 莉緒もオリビアさんの淹れる紅茶には絶賛だ。

 二人そろって焼き菓子に手を伸ばす。……が、盛大な音を立てて静電気が走った。


「ぐおおぉぉ!」


「いったー!」


 二人して指先を押さえて悶絶する。

 いや普段から魔力を纏って防御力を上げているから、そこまで痛くはないんだけど……。ほら、思わず「痛い」って言ってしまうあれに近い。


「だ、大丈夫ですか……?」


 オリビアさんが心配そうに声を掛けてくれるけど、手のひらを前に出して問題ないとアピールする。


「大丈夫です。ちょっと驚いただけなので」


 ニルは気にせずにおやつを頬張っている。多少の音では動じないようである。


「それならよかったです……」


「あーびっくりした」


「そんなに痛くなかったけど、思わず声が出ちゃったわね……」


 恐る恐る莉緒と手を触れあって何も起こらないことを確認してから、改めて焼き菓子へと手を伸ばす。

 サクッとした食感と、じんわりと舌に沁み込む甘みがたまらない。スイートルームで出てくるお菓子だろうし、高級なんだろうなぁ。あんまり贅沢に慣れると戻れなくなりそうで怖いな。


 紅茶がなくなると、何も言わずともおかわりを淹れてくれる。だけど満足して紅茶を飲み切ったあとだと、黙っておかわりを淹れることもない。

 やっぱり表情に出てるってことなんだろうなぁ。などと益体もないことを考えつつ、じっくりと焼き菓子を味わう。


「ごちそうさまでした」


「さて、続きでもやるかー」


 休憩後は微弱電流を流す練習だ。飽きたらテレポートの練習とかにも手を出していたら、テレポートのほうが成功してテンションが上がったり。


「あれ……? スマホのモニタ一瞬ついたような……」


 我に返って微弱電流の練習をしていると、ぽつりと莉緒からそんな声が聞こえた。


「えっ?」


 まじまじとスマホを見るが、相変わらず黒いままだ。電源ボタンを押してみると――



「あっ、一瞬バックライトが光った」


「なんでだろ?」


「うーん……」


 莉緒と二人で悩むも答えが出るわけでもなく。


「手から微弱電流を流せるように練習してただけだよな」


「そうね……」


 テーブルに置いたスマホには今まで触れてはいなかった。ということは離れた位置で電気を発生させることが条件か?

 スマホをテーブルに戻すと、近くで微弱電流を発生させる。何も反応がない。

 スマホに腕を近づけてみるが、やはり反応が――


「あ、光った」


「お、って、あぁ……」


 と思ったらすぐに消えてしまう。距離と電流の強さが関係ありそうなのか……。

 手ごたえを感じたその日はひたすらにスマホと格闘し、とうとう充電させることに成功するのだった。

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