第109話 英気を養おう
商業国家アレスグーテの首都ともいえる商都の名前は、コメッツと言った。六大商会の本拠地がある街であり、商人がそれぞれしのぎを削りながら利益を上げることに心血を注ぐ街でもある。
「オークションに出品する品物は、明日会場に直接持っていきましょう。なのでまずは宿の確保ですね」
「なるほど」
馬車で商都の大通りを進んでいくが、日暮れにもかかわらず人通りが多い。
御者台に座るフルールさんから今後の予定を聞きつつも、商都には何があるのか周囲へ視線をいろいろ向けてしまう。
「オークションのこの時期だと、だいたいの中級から高級の宿が埋まってしまうんです」
「そうなんですね」
大通りには石造りの店が多く、屋台もそこここに出ている。結構いい匂いもしてくるけど、そういえば腹減ったなぁ。
ふと振り返るとニルが涎を垂らしながら後ろからついてきていた。ちょっと可哀そうだったので、異空間ボックスから肉を取り出して放り投げてやるとキャッチして食べだした。
「なので、シュウ様とリオ様はこちらの宿をご利用ください」
「へっ?」
フルールさんに連れられてきたのは、街の大通りをしばらく進んだ中央広場手前にある『
馬車のまま門をくぐると、ビシッと服装の整った執事にも見える従業員がすぐさま姿を現した。
「これはラシアーユ商会のフルール様。ようこそいらっしゃいました」
「ええ、お久しぶりです。空いている部屋はあるかしら」
馬車から飛び降りつつも、フルールさんに続きぺこりと挨拶を返しておく。
「生憎と、今はスイートルーム以外に空きがございません」
「じゃあそこでいいわ。この二人をお願いね」
「畏まりました」
「料金はすべてラシアーユ商会につけておいて」
「「ええっ!?」」
馬車に乗っていただけであれよあれよという間に話が進んでしまう。しかも宿代は商会持ちですと?
「いやいや――」
「お二人とも気にしないでくださいね。これから存分に稼がせていただきますので」
いろいろ売ったお金があるからと辞退しようとしたところで、フルールさんにとてもいい笑顔で遮られてしまった。確かにある意味、俺たちが売ったものでこれから存分に稼ぐのはラシアーユ商会か。
「えーっと、じゃあお言葉に甘えて」
莉緒と顔を見合わせると頷き合い、フルールさんの好意に甘えることにした。
「では、明日の朝迎えに参りますのでごゆっくりどうぞ」
「あれ、フルールさんはどうするんです?」
「私はまだ商会本部でやることがありますので」
あ、そうなんですね。てっきり同じ宿にでも泊まるのかと思ったけど違ったか。
「わかりました。じゃあまた明日よろしくお願いします」
「今日はお疲れさまでした」
「はい。お疲れさまでした。ではまた」
フルールさんの馬車を見送ると、改めて宿を見てみる。
数台の馬車が停められそうなロータリーになった玄関に、かなり透明度の高いガラスを使った窓の向こうには広いロビーが見える。まさに高級ホテルと言った感じだ。
「ではどうぞこちらへ」
執事に促されるままにロビーへと足を踏み入れる。すごく場違い感があるんだけど、俺たちの服装ってそんなに変じゃないよな?
莉緒の服装を見ると、魔法使い然とした格好だ。魔物の革を鞣した胸当てにローブを羽織っているが、師匠のお手製というところもあってきっちりとした服装とは言い難い。まぁそれは俺の格好にも言えるわけで……。
「柊? どうしたの?」
自分の格好を見下ろしていると、動かない俺に莉緒が振り返る。
何も疑問に思ってなさそうだけど、俺が気にしすぎなのかな。
「いや、なんでもない」
うん。細かいことは気にしないでいこう。見た目はともかく素材は魔の森産だしきっと一級品だ。知らんけど。
「あ、そういえばニルはどうすればいいですか?」
「それでしたら従魔もご一緒でかまいませんよ」
「わかりました」
話を聞いていたのか、ニルが嬉しそうに三つに分かれた尻尾を振りながらついてくる。玄関に入りロビーで軽く手続きをすると、そのまま奥へと向かう。屋外へと出て綺麗な庭の合間を進んでいくと、一軒のこぢんまりとした建物が見えてきた。
「こちらの建物が丸ごとお部屋になります」
「マジか」
普通の……、いや規模は小さいが豪華な庭付き一軒家といった風体だ。門を開けて一軒家の中の庭へと足を踏み入れる。丁寧に手入れがされた庭を進み、玄関を開けると一人のメイドさんが直立して待っていた。
「ようこそいらっしゃいました。当宿のスイートルーム付きメイドを担当しております、オリビアと申します」
「え、あ、こちらこそ」
ぴったりと四十五度腰を曲げて挨拶をするメイドさんにちょっと引いてしまう。
「……なんだかすごいところに来ちゃったわね」
小声で莉緒の声が聞こえてくるけど、まったくもってその通りだ。
「ではさっそく中をご案内させていただきますね」
ニコリと笑顔を浮かべるメイドさんに、「お願いします」とだけ告げてついていく。そこまで広くはないが、ひと部屋ごと案内されるたびに「ほー」と声を出して感心する俺たちであった。
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