第106話 怪しい気配
翌日も快調に街道を進む。『紅の剣』パーティーから護衛のあれこれを教わりながらとなるので、野営地を早めに出発することにした。
昼過ぎにもなれば、一緒に野営をしていた他の人たちにも追い抜かれ、街道を進む人影は他にいなくなっている。
そして俺たちはというと、馬車の左右について走っていた。本来は馬に乗って周囲を警戒するんだろうが、馬車についていけるのであれば走っても問題ない。
「いざ襲われたときに体力切れで動けませんでした。なんてことにならないようにしなよー」
馬の上からアリッサが揶揄う様に声を掛けてくるが、さすがにそんなヘマはしない。
「大丈夫ですよー」
初めて魔の森でグレイトドラゴンの群れと出くわした時は、半日以上全力で森の中を逃げ続けたのだ。それに比べれば駆け足程度の速度で走るなんて、二十四時間以上連続でも問題ない。
「ん?」
気配察知の範囲を前方方向に伸ばしていた俺は、数キロ先に複数の気配があるのを察知した。
「止まってください!」
声を上げて全体に止まるように促す。
「どうしたんだ?」
全体が完全に停止した後、みんなで中心の馬車へと集合した時にアリッサさんに声を掛けられた。
「この先にどうも待ち伏せしてるような気配を感じたもので」
「ふむ」
アリッサさんとメルさんが前方へと視線を向けて集中しているが。
「……さっぱりわからん」
しばらくして振り返るとギブアップした。
「どれくらい先なんだい? アタイにもさっぱり感じられなかったよ」
「五キロくらい先ですかね。四か所に三、四人ずつの気配があります。全部で十四人」
「……その配置だと完全に待ち伏せだな。商都も近いし、この時間から商都を出てこっちに向かう人間もいないだろう」
「あらあら、でも決めつけもよくありませんわよ」
「だけどなぁ。その配置は明らかだろ?」
三人ともこの先の気配について議論が白熱している。
昨日街道わきにいた動物の気配を遠距離から察知したからか、今回察知した気配について疑われるようなことはないようだ。
「オークションに出品する商品はできる限り隠していたんですけれど、どこかで漏れたんでしょうか……」
フルールさんが眉をひそめるが、情報なんてものは漏れるときは漏れるものと俺は思っている。
「あぁ、そういえばこの時期オークションだったな……。こりゃ待ち伏せで間違いないかもな」
アリッサさんが馬車についている商会の紋章を眺めながらポツリと呟いた。ラシアーユ商会といえば商業国家を代表する六大商会のひとつだ。そしてオークションは商都で行われる。目立たないように馬車は一台とはいえ、荷物にならないレアアイテムを移送中とでも思われれば狙う奴らはいるんだろうか。
「フォースフィールドでも張りながら強行突破でもします?」
「は?」
「……フォースフィールド?」
物理と魔法の両方を防ぐことが可能な防御フィールドを張る上級魔法だ。
「あらあら、それって上級魔法よね。わたしも使えないことはないけれど、一分ほどしかもたないし、そもそも全員をカバーできるほど広く展開できないわよ?」
「それなら大丈夫ですよ。私なら全員カバーしても三十分以上もちますので」
「たとえ上級魔法が飛んできても防げますので安心してください。フィールド張りながらの移動もできますよ」
莉緒がなんでもない風に言うと、俺も言葉を続ける。
「え? いやいや、さすがに上級魔法は無理でしょ」
「というか移動が可能って……、よくわからないのだけど……」
「……お二人が大丈夫というのであれば、それでいきましょうか」
「「「えっ?」」」
戸惑いを見せる『紅の剣』のメンバーだったが、そこにフルールさんが口を挟んだことで彼女に視線が集まる。
「お二人の強さは信用していますので。きっと大丈夫ですよ」
「なんなら一度試してみますか?」
俺の言葉に三人ともが顔を見合わせる。
「そうさね。いくら優秀とギルドから聞かされても、こればっかりは試してみないと信用できないね」
「わかりました。いつでもいいですよ」
言葉と共に莉緒が少し後ろに下がると、左手を前に出してフォースフィールドを張る。
「……どうぞ」
いつまでも動かない三人を促すように俺から声を掛ける。
「えっ?」
「詠唱は?」
フレリスさんが特に驚いた様子で、いつものふわふわした感じを見せずに尋ねてきた。そういえば普通は詠唱がいるんだっけか。コマンドワードも口にしていないし、発動したことに気が付いていないのかも。野営の時に土魔法で竈を作った時も無詠唱だったけど、そっちは気が付いてなかったのかな。
「もうフォースフィールド発動してますよ」
「ええっ?」
疑問の声と共に手を前に出しながら近づいていくアリッサさん。見えない壁にぶつかったところで拳を握りしめ、勢いよく叩きつける。
「っ!? ……硬っいわね」
「どれどれ。……フッ!」
メルさんは背負っていた盾を構えると、気合の言葉と共にフォースフィールドへと叩きつけた。だが莉緒のフォースフィールドはびくともしない。
「あらあら……」
フレリスさんは呆れた声を出すだけで試そうとはしないようだ。魔力がもったいないのかもしれない。
「わふぅー!」
そんな俺たちの様子を見ていたニルがのっそりと立ち上がると、勢いよく莉緒へと飛びかかって前足を振るった。
バキンと何かが壊れる音を立てるが、見た目は何も変わったところは見られない。
「あはは、さすがにニルの一撃には耐えられないかー」
莉緒が笑いながらニルの首をもふもふしている横で、アリッサさんがフォースフィールドを壊したニルをまじまじと見つめている。
「……簡単に壊せるとは思えなかったんだがなぁ」
「あの従魔すげぇな……」
「あらあら」
三者三様を見せる『紅の剣』だったが、フォースフィールドの頑強さに納得したのか、フィールドを張って突破する方針となる。
ただし、フィールドを張ってツッコむだけでは作戦らしい作戦とは言えない。『紅の剣』のパーティーで馬車の周囲を固め、莉緒が馬車の中からフィールドを張り、俺とニルでさらに後方から相手を挟み込む作戦を取ることとなった。
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