第66話 商業国家での洗礼

「うお、やっぱすげぇなこの裂け目」


 俺たちは今、商業国家アレスグーテ側から裂け目を見学している。こっち側の方が見晴らしがいいし、広くなっている。

 地面に穴を掘って階段を作り、崖の側面へと出られる観覧席を作ってあったりと観光業も盛んだ。どうせだからとお金を払って入ってみたけど、あまり観光客はいなかった。あと見学中に上から何か落ちて行った気がしたけど気のせいだよね。


「……そろそろ行こうか」


「……うん」


 お金を払った分も観光はしてないけど、上から落ちてきたものが気になって集中できなかった。


「よーし、ここからは歩いて行くかー」


 王国は早く抜けたかったから高速飛翔で通り抜けた。しかしここは商業国家アレスグーテだ。


「なんとなく王国から出ただけだけど、空気が変わった気がするわね」


 何台もの馬車に追い抜かれつつ、街道を歩いて南へ向かう。半日ほど行くとそこそこの大きさの街があった。国境に一番近い街としてにぎわっている。街の中に入ると、一番目につくのはたくさんある屋台だ。そこかしこからいい匂いが漂ってくる。


「あ、サンドイッチみたいなのがあるわね」


「ホントだ。あっちはホットドッグかな」


 定番の串肉やスープはもちろん、この街はパンの発展系の食べ物が多い。でも油で揚げたものは見当たらない。やっぱり油は高いのかな。


「美味しいね」


「外れはなさそうだな」


 適当に買い食いをしながら街を見て回る。そこそこ大きい街だし、ここでも冒険者ギルドで獲物を売りさばくか。


「さぁさぁ! 掘り出し物がいっぱいだよ! ぜひ見てってくれよ! ついでに安いからね!」


 ギルドを探しつつ店を冷やかしていると、大きめのスペースを取った露店から大きな声がした。


「商人だ」


「商人だね」


 見た瞬間にそんな感想が漏れてしまう。そこにはでっぷりと太った、どこかの不思議のダンジョンにでももぐってそうな商人がいた。


「お、そこの坊ちゃんと嬢ちゃん、もしかして興味があるかい? 特におすすめなのがこれ! なんと四肢欠損まで治してしまうというエリクサー、らしいぞ! これがなんとたったの一千万フロンときだもんだ!」


 エリクサー? また怪しげなアイテムが出てきたな。しかも「らしい」ってなんだよ。四肢欠損まで治すってすごいけど、そんなのがこんな露店で売られてるなんぞ怪しさしか感じられない。

 半透明のガラスのような容器に入れられた黄色い液体だ。


「いやいや、そんな疑いの目で見ないでくれよ! 効果は見たことがないからわからないが、これがエリクサーであることはわたしが保証するよ!」


「ええー」


 莉緒が非難の声を上げているが、商人はすまし顔を崩そうとしない。それならと鑑定してみると、『エリクサー』と表示された。効果までは俺の鑑定で知ることはできないが、名前は間違いなくエリクサーだ。


「マジかよ」


「ははは! だから言っただろう。これはエリクサーだとね! さぁどうだい、今なら一千万フロンぽっきりだよ! これ一本しか在庫はないからね!」


「じゃあ買っとくか。お金はあるし」


「いいんじゃないかしら。……確か財布には二億フロンくらいあるはずだから大丈夫よ」


 後半をぼそっと俺にだけ聞こえるように囁いてくる。そんなにお金たまってたんだ。億は超えてると思ったけどね。


「まいどあり!」


 懐から白金貨を一枚取り出すと商人へと払ってエリクサーを受け取る。これで万が一の時も安心というわけだ。


「じゃあこれは莉緒が持っていてくれ」


「え? ダメよ。柊が持っておいてくれないと困るわ」


「いやいや、莉緒に万が一があったら俺が困る」


「もう……、しょうがないわね……」


「おう」


 問答の末に諦めた莉緒にエリクサーを渡すと、もう一度掘り出し物を探すべく露店へと目を向けるが。


「あれ、いない」


 すでに片付けられて商人はいなくなっていた。


「がはははは! もしかしておめーら、エリクサー買っちまったのか」


 しばらく商人を探して辺りをきょろきょろしていると、豪快な笑い声が横から聞こえてきた。タンクトップを着た筋肉ムキムキのむさ苦しいスキンヘッドの男が、両手を腰に当ててふんぞり返っている。


「ええ、買いましたけどそれが何か……」


「あちゃー、見事に詐欺に引っかかってんじゃねぇか」


 俺の言葉に額に手を当ててやっちまったなぁという表情になる。いや詐欺ってなんですか。


「いやでも、しっかりと鑑定にはエリクサーって」


「おいおい、鑑定持ちか。猶更カモじゃねぇの」


「どういうことですか?」


 意味が分からなくて莉緒が男に詰め寄っている。俺もさっぱり意味が分からない。鑑定までしたのにカモにされるとか。じゃあ鑑定ってなんなんだって話だ。


「アイツはな、モノに命名できる特殊な能力があるんだよ」


「へっ?」


「ほれ、試しに中身を別の容器に移し替えて、そのエリクサーの容器を鑑定してみな」


 言われたとおりに試してみると、確かに中身のなくなったただの容器の鑑定結果は『エリクサー』のままだ。移し替えた黄色い液体を鑑定すると――


「黄色い水」


「がはははは! してやられたな。まぁ痛い出費だろうが、勉強代ってこったな!」


 崩れ落ちる俺たちをよそに、親切な筋肉だるまは笑いながら去っていく。周囲の気配を探ってみるけど、見失った商人の気配はもうどれがそうなのか判別がつかない。


「そ、そんな罠があるなんて……」


「あははは……」


 こうして商業国家アレスグーテでの一日目で、さっそく詐欺にあう俺たちであった。

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