第67話 初めての乗合馬車

「気を取り直して、ここからは馬車に乗っていくか」


 冒険者ギルドで獲物を売り、損失の一部を回収したところで莉緒に切り出した。毎回異空間ボックスから獲物を取り出して驚かれるが、それも慣れてきたところだ。


「やったぁ!」


 結局王国では馬車に乗れなかったからか、莉緒の喜びようが大きい。かくいう俺もちょっと楽しみだったりする。

 乗合馬車エリアに行くとそれなりに人でにぎわっていた。国境の街だけあって、ここから東西と南の三方向へと行く馬車があるのだ。


 ギルドで仕入れた情報によると、やはり海へ出るには南に進むのが一番近いとのこと。ひとつ先の村では名物の茸が食べられるが、それより南はただ道があるだけで観光には不向き。

 俺たちの目的地は海だけど、急いでいるわけでもない。観光を考えるなら南以外だけど、茸は気になる。というか天狼てんろうの村フェンリルに天狼茸てんろうたけってなんなのさ。狼と茸って結びつきがさっぱりよくわからないけど、これは行くしかないでしょ。


「あと二人だよー。満員になったら出発するよー」


「二人お願いします」


 御者を務めるおっちゃんに人数を告げるとお金を払う。二人で200フロンだ。


「じゃあ出発だ!」


 急に大声を出した御者さんに驚きつつも馬車へと乗り込む。中は五人ずつ向かい合う形で座席がついている。母娘の親子らしき一組と冒険者パーティらしき獣人の男女四人組に、奥に座るのは商人風の男とその護衛らしき男が二人だ。

 一斉にこちらへ視線が集まるが、冒険者ギルドに入ったときに集める視線に比べれば数は少ない。


「思ったより広いね」


 空いていた手前二つの座席へと座ると、向かいの親子と隣の冒険者たちと軽く挨拶を交わす。


「ちょっとお尻が痛くなりそうだな」


 固い座席の感触を確認していると、ゆっくりと馬車が動き出す。よく見れば奥に座る男二人は、座席にクッションを敷いているのが見える。

 背中のリュックから出すふりをして枕替わりにしているクッションを取り出すと、俺たちも座席へと敷いた。


「次の街にはいつ着くんだっけ?」


「明日の夕方だよバカ」


「予定くらい頭にいれておいてちょうだい」


「もー、しっかりしてよねリーダー」


 などと隣の冒険者パーティたちの会話も聞こえてくる。

 何やらリーダーが責められているようだが、俺も人のことは言えない。とりあえず茸目当てというだけで乗っただけだからなぁ。


「じゃあ一泊野営なのね」


「そうなるのか。隣の街まで一日半ってところか。歩いたら三日くらいか?」


「それくらいかもね」


「にしても、乗合馬車での野営ってどうなるんだろ……」


 テントなど持ってなさそうな目の前の親子を見ながら莉緒へと囁く。


「あはは、もしかしてあんたたち、乗合馬車での野営は初めてかい?」


 疑問に思っていたことがばれたのか、前に座っていた母親らしき人物から声を掛けられた。


「あ、はは、実はそうなんですよ」


 なんとなく気まずい思いをしながら愛想笑いを返す。


「大丈夫だよ、お兄ちゃん。椅子をどけたら広くなるからね!」


 一瞬何を言ってるのかわからなかったが、馬車内の椅子をどければ寝るには十分な広さが確保できるという話だった。


「だから寝る場所は心配しなくていいよ!」


 女の子にまで諭されるとなんて返事していいのかもわからなくなる。


「そうなんだ。教えてくれてありがとうね」


 莉緒はそんな状況にも関わらず、女の子に視線を合わせて対応している。


「はっはっは、なんだ初心者か! 俺たちのパーティは外でテントを張るから、お前たちで馬車を使っていいぞー」


 さっき責められていたリーダーが、俺たちのやり取りに気が付いて話に入ってきた。


「そうなの!? おじちゃん、ありがとう!」


「お、おじ……!」


「あははは!」


 女の子におじちゃん呼ばわりされたリーダーが言葉を詰まらせると、なぜかこっちを振り向いて睨みつけてきた。俺のせいにしないで欲しいんだが。

 二十歳後半くらいの端正な顔つきをした青年だ。熊耳の生えた頭に、髪はツンツンと尖っているが、確かに幼女からすればおじちゃんなのかもしれない。


 なんにしろ同じパーティメンバーの女性陣二人には大受けだ。


「諦めなさいよ。どう見てもリーダーのほうが年上なんだし」


「うちのリーダーちょっと目つき悪いけど、気にしないでいいからね」


「はぁ……」


 何と答えていいかもわからず、あいまいな言葉しか出てこない。


「ちっ……」


 舌打ちをしながらそっぽを向くリーダーをスルーして、冒険者の女性が話しかけてこようと身を乗り出してきた。おそらく斥候であろう身軽な装備をした、オレンジ色の短髪の猫人族だ。


「もしかして野営自体をしたことない……ってことはないよね?」


「それなら大丈夫ですよ」


 心配そうな表情で尋ねられるが、莉緒が笑顔で言葉を返している。俺たちの荷物の少なさを心配されたのかもしれないな。


「あー、俺たちも寝るのに馬車は使わないから、他の皆さんで広く使ってください」


 テントはないが、土魔法でいつも家を作ってるからなぁ。冒険者たち四人がテントで寝たとしても、この馬車で残り六人寝るとなるとちょっと狭い。どうせなら快適に休みたいというもんだ。


「ほぅ……」


 俺の言葉に反応したのは、冒険者パーティのもう一人の男性だ。寡黙な犬系の獣人剣士でちょっとカッコいい。だけど言葉ではそれ以上何も語らないのか、続くセリフは出てこない。


「それならよかった! 初心者じゃないってことで、何かトラブルがあったときは協力お願いね」


「あ、はい、もちろん大丈夫ですよ」


 こうして和やかな雰囲気のまま、乗合馬車は街の外へと出ていくのであった。

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