第62話 果てしない解放感
激しい雷鳴にまだ耳がおかしくなっている。視界が徐々に戻ってくると、サンダーボルトの威力の全容を知るところとなった。
「一体何が起こったのだ……」
衝撃波がここまで届いたらしく、バインドの魔法で足を固定されたまま頭を地に着けている騎士もいる。
だがこめかみを押さえながらも上体を起こし、動けなくなった人間はいない。さすがにこのままだと後ろを振り返りづらい奴もいるし、魔法は解除してやろうか。
「はは……、驚かせやがって……。ハッタリだけは上手いようだな……」
騎士たち全員の無事を確認した王子が、多少崩れた口調で安堵の息を漏らす。
別に俺はあんたらを狙ったわけじゃない。さすがに雷が目の前に落ちれば、俺たちも無事じゃないしな。
王子たちの後方を見上げると、さっきまでそこにあった城がその形を変えていた。全部で四つあった尖塔はすべて破壊され、見る影もない。思ったより威力があったようだが、城そのものの全壊までは至っていない。避難中という話だったし、ある程度の階から上には人がいないことは気配察知で確認済みだ。
頭には来たものの大量虐殺がやりたいわけではないのだ。殺されそうになったが、殺されてはいないのだ。
ちょっとは気が済んだが、今すぐ殺して終わりには絶対にしてやらない。むしろこれから王城を破壊された責任を取らされるといいと思う。
「あー、ちょっとだけすっきりした」
「あはは、見晴らしがよくなったわねー」
魔力をごっそりと持っていかれたが、ある程度は残っているので問題ない。自動回復スキルも仕事をしてくれているので大丈夫そうだ。今まで魔力が尽きて問題になったこともないしな。
自分たちの遥か後方を眺めて満足そうにする俺たちを見て、さすがに訝しんだ王女がとうとう後ろを振り返る。
「お…………、お兄様……!」
しばらく声を出せなかった王女が、絞り出すようにして声を上げる。
「どうしたリリィ」
「あ、あれを……」
「うん?」
言われたとおりに振り返った王子も、城の惨状を見た瞬間に言葉が出なくなる。周囲の騎士たちも同様だ。
「……は?」
降っていた雨はいつしか止み、雲間から射す太陽の光が城の無残な姿を際立たせている。立ち込めていた土煙も徐々に晴れていき、目立つ尖塔だけでなくバルコニーも崩壊しているのが見える。
「な……、何が起こったのだ……!?」
プルプルと拳を震わせながら静かに叫ぶ口調は、怒りなのかそれとも恐れなのか。
「国ごとぶっ飛ばすって言っただろ」
象徴ともいえる城が崩壊すれば、まぁ国をぶっ飛ばしたと言っていいだろう。たぶん。
「し、城が……。まさか、こんな……」
あ、でもまだ俺たちが死んだらこのブローチに力が蓄積されるのは変わってないのか。
仕舞いこんでいたブローチを取り出すと、太陽にかざして眺めてみる。どういう仕組みになってるかわからないけど、確かに言われてみればかすかに魔力が感じられる。
「何がどうなってるんだ……」
もはや護衛の騎士も護衛の役割をこなしていない。王族と一緒になって背後の城を振り返って脱力している。
今の内にブローチをちょっと解析してみようか。
魔道具の回路とか魔法陣とかの仕組みはよく知らないが、魔力感知を鋭く、繊細にしていくと何かの流れがあるのがわかる。
「柊?」
莉緒からの呼びかけにも気づかないほど集中していると、なんとなく魔力の流れを乱せそうな気がしてきた。
魔力を針金のように伸ばし、手のひらに乗せたブローチへと潜り込ませていく。
「うーん……、ここをこうして……」
何かの流れに引っかかるのを感じて勢いよく行くと、プツンと切れる感触があった。同時に体の中を解放感が駆け巡る。
「おぉ?」
「ふわぁ……」
莉緒も何かを感じたのか変な声が出ている。
なんだろうなこの感じ。魔力の巡りもいいし、今なら何でもできる気がするぞ。
手のひらに乗せたブローチを壊す勢いで右手を握り締める。もちろん魔力強化全開だ。金属のひしゃげる感触がさらに解放感を加速させる。
「はああぁぁぁ……」
呪われてたってのは本当だったみたいだな。解放感は半端なかったが、莉緒の恍惚とした変顔を見て気を引き締める。一応ここは敵地だし、隙を見せるわけにはいかない。だから莉緒も落ち着くんだ。
「城が……、なんてこった」
騎士の一人が剣を手放して膝をついている。
「さて、リリィ・アークライト」
声を掛けるとビクリとしてこちらに振り返る。さっきとは異なる態度に違和感を覚えるが、ようやく置かれている状況に気が付いたのかもしれない。
「な、なに……」
ごくりと喉を鳴らす音がひどく大きく聞こえる。
「呪いも解けたようだし、このブローチも返す」
一言告げると、ひしゃげてもはや原形を留めていないブローチを、王女の足元へと投げつける。
「なん……ですって……?」
ありえないとばかりに足元のブローチを拾おうと手を伸ばしたところで一瞬動きが止まる。握り込んで四分の一サイズまで小さくなれば、正体にも気づかないかもしれない。
「そんな……まさか」
「今すげーいい気分だわ、マジで。……だから」
殺気を王女へと浴びせかけると威圧も発動する。うんうん、威圧スキルもいい仕事をしよる。
「今すぐには殺さないでおいてやる」
「柊に感謝するのね」
「ははは……」
顔面を蒼白にする王女と、呆けて半笑いになる王子は無視して、俺たちはまだ気絶して伸びているクラスメイトの元へと近づいていった。
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