第63話 後始末
倒れ込む清水のそばへとしゃがみこんで、隷属の首輪を観察してみる。いくつか魔石がはめ込まれていて、魔力の流れを感じる。無理やり外そうとすると何か起こったりするんだろうか。
「うーん……、わからん」
ブローチと同じように魔力で探ってみるけどさっぱりわからない。
「助けてあげるの?」
「と思ったんだけどね」
「ふーん……、放っておけばいいのに」
莉緒としては助けてやる気はないみたいだ。俺も可哀そうだからとか同情とかで助けようと思ってるわけじゃないけどね。
「また命令されて襲ってきたりしたら面倒だからなぁ」
「あー、確かにそうね。でも壊すだけならできるんじゃ?」
「それはそうなんだけどね」
「いいじゃない別に。全部一気に壊せば何も起きないかもしれないわよ」
おぉなるほど。どこかの部分にあるかもしれない自傷する仕組みがわからなければ、全部一気に壊せばいいのか。こういうのってだいたい、魔石からの魔力供給が止まれば発動とかありそう。
でも壊すよりは再利用したいよなぁ。例えば向こうで呆然としてるクソ王族に嵌めるとか。
「うーむ。空間魔法で外せないかな」
清水の首周りへと空間魔法を展開してみる。異空間ボックスを開くときに魔力を消費するが、入り口の大きさに応じて消費魔力が変わる。この入り口を曲面にするだけで消費魔力が大幅上昇だ。とにかくこれを清水の首周りへと広げて――
「もしかして異空間ボックス? うまくいきそう?」
えーっと、ちょっと待って。うまくはいきそうだけど結構集中力がいるぞこれ。なんとか時間をかけて隷属の首輪を覆うと、異空間ボックスへと取り込んで入り口を閉じた。
「お?」
いけたんじゃね?
「うまくいったみたい?」
「たぶん?」
知らんけど。まぁうまくいったってことでいいんじゃないかな。長井の首輪も同じように異空間ボックスへ収納してみる。
「これでヨシ」
「あはは、じゃあさっそく返してあげましょうか」
「そうだな」
莉緒と二人でにやりと笑い合うと、クソ王女たちの元へと近づいていく。何か喋りそうだったけど聞きたくなかったので、問答無用でデュアルバインドで口も含めて拘束してやった。もちろん周囲の騎士たちも同様だ。何も見られないように目隠しもしておく。
むーむーと唸り声が聞こえるけど全部無視だ。回収した時と逆の要領で、王女の首へと隷属の首輪をお返ししてやった。もちろん王子の首にも丁重にお返しする。
「ぴったりはまったな」
「こういう着け方で効果ってあるのかしら?」
「どうだろう? 主人の登録をしないといけないとかあるのかな」
「何か命令してみたら?」
「モノは試しか。じゃあ……、何も喋らずじっとしてろ」
命令と共に王族だけデュアルバインドの拘束を解除してやる。
「……っ!」
キッとこちらを睨みつけるだけで何もせず、何もしゃべらない二人。
「おおー、こりゃいいな」
「すごい」
装着した人間を主として自動識別する機能でもあるんだろうか。それはそれで好都合だけど、どちらにしろいつまで効果があるのかわからない。わざわざこの国に留まって、効果切れを見届けたりするのも面倒だ。サクッと命令するだけして金輪際関わらないようおさらばしよう。
「何がいいかな?」
莉緒がワクワクした様子で尋ねてくるけど、俺の中ではもう決まっている。
「隷属の首輪をつけられたことは隠して誰にも言うな。そしてお互いの首輪を外すことも禁止する」
「あはは!」
「そういえば、お前らにはまだ他に兄はいるのか? 答えていいぞ?」
「……王太子の、アルバートお兄様が、いますわ」
ほうほう。それはいい。
「じゃあ次で最後だ」
そのままびしりとクソ王子を指さすと、最後の命令を下す。
「お前はその王太子を殺してこい」
目を見開く王子をスルーして、次は王女だ。
「んでお前は……、国王を殺してくるんだ」
「いいわね! 私たちを殺そうとしたんだし、同じ目にあえばいいのよ」
「そのあとは自由にしていいぞ。あ、ただし首輪は外すなよ?」
しっしとばかりに二人を送り出すと、歯を食いしばって耐えながら城の中へと戻っていく。
「お、お待ちください!」
騎士たちの拘束も解いてやると、急にこの場を去っていく王子たちを、困惑しながらも追いかけて行った。
「残りのクラスメイトは……」
真中たちは帰る途中にいるとして、根黒はどこだ。
「あっちじゃないかな?」
莉緒が指さした先は、崩壊した城の方向だ。そちらに意識を伸ばすと確かに根黒の魔力を感じる。ここに来たときは感じなかったけど、ブローチ壊してから調子がいい。莉緒も同じなんだろう。
「ちゃっちゃと首輪回収して帰るか」
「うん」
誰もいなくなった広場から元来た道へと戻る。城への入り口には例の執事の気配が感じられるから、ずっと待っていてくれているのか。
「お帰りですか」
「いえ、もう一人の勇者の根黒のところに行きたいんだけど、場所はわかります?」
「問題ございません。ご案内いたします」
深々と頭を下げて通路の奥へと迷いなく歩き出す。
そういえば今回は急に現れなかったな。これもブローチから解放されて気配察知も鋭くなったからだろうか。
一つ角を曲がると、その先は人がバタバタと忙しく走り回る戦場となっていた。激しく叫び声が聞こえ、混乱の渦と化している。ところどころの壁にヒビが入っていて、一階の通路だというのにここまで城を壊せたことに満足だ。
「オルディス殿! いいところに!」
頭の髪が寂しくなりだしてきた、でっぷりと太った男が駆け寄ってくる。オルディスってのはこのイケメン執事の名前だろうか。
「これはマルカンドレ大臣」
「いったい何が起こったのか知ってるかね!?」
「ええ、どうやら城に侵入した賊に、王城が破壊されたようですね」
掴みかからんばかりの勢いでまくし立てる大臣に、執事のオルディスは冷静かつ簡潔に起こったことを報告する。
「……は? ……破壊?」
「はい。尖塔はすべて吹き飛びバルコニーも破壊されていて、少なくとも三階より上には入ることはできなくなっているでしょう」
「なんだと!? そ、そなたが言うのであれば嘘ではないのだろう……。こうしちゃおれん……!」
話を聞いた瞬間、てきぱきと作業指示を出してこの場から去っていく。自分でやっといて何だけど、人員の避難がんばってください。
にしても城を壊した犯人がここにいるんだけど、このオルディスは黙ってるつもりなんだろうか。魔族からするとこの国が機能しなくなる事態は歓迎だろうから、喋るつもりはないのかもしれない。
「失礼しました。こちらでございます」
何事もなかったかのように案内を再開すると、慌ただしい人の波の合間を縫って医務室らしき場所へと案内された。幸い人は多くない。
「あちらです」
一番奥のベッドの手前でオルディスが後ろに下がる。
ベッドに寝かされているのは確かに根黒だった。胴体が包帯まみれになっていて、ところどころから血が滲んでいる。
「うわぁ……」
莉緒がドン引きしてるが、自分を刺した相手だぞ?
ある程度の治癒魔法がかけられているようで、命に別状はなさそうだけどな。王女に命令されていたんだろうが、やっぱり莉緒を刺したことは許せる気がしないな。
「ちゃっちゃとやって帰ろう。いくら王女から命令されたからって、莉緒を刺したコイツ見てると殴ってしまいそうだ」
「あ、うん」
というわけでサクッと終わらせるとそのまま引き返す。莉緒が治癒魔法を掛けてるのが見えたけど、本人がいいなら俺がとやかく言うところではない。
「あとは表で伸びてるやつらか」
またもやオルディスに案内された俺たちは、無事に城の入り口であるロータリーまでたどり着く。
「ではわたくしはここまでです。またのお越しを是非ともお待ちしております」
オルディスにはものすごくいい笑顔で見送られた。国としては来てほしくないんだろうが、魔族からは大歓迎のようだ。
「お世話になりました。来る機会はないと思いますけど」
「もしあればよろしくお願いしますね」
苦笑いをしつつ歩き出す。
途中にいた真中たちは気絶からは復活していたが、まだ動けないようでその場にいた。文句がいろいろうるさかったので黙らせると、同じく首輪を回収して城を出るべく城門へと急ぐ。
「よーし、これで正真正銘の自由だ!」
「これからどこ行こうか?」
「そりゃもちろん……、アークライト王国以外だな!」
こうして清々しい気分のまま、城門の出口をくぐるのだった。
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