第22話 交易都市ザイン

「身分証を」


 お昼過ぎに到着した交易都市ザインは、五メートルほどある高さの壁に囲まれていた。魔物が蔓延るこの世界、やはり壁に囲まれる街というのは存在するようだ。

 門へとたどり着くとそれなりの人数が並んでいた。流れに任せて自分の番になったときに門番から掛けられた言葉がこれだった。


「身分証がなかった場合はどうなるんでしょう」


「うん? 変なこと聞く奴だな……。出身など多少聞き取りしたあと、500フロンで通すことになっている」


 500フロンってことは大銅貨五枚! 莉緒と二人だから全財産のほとんど持ってかれるじゃねぇか。例の王女様からの袋に入っていた硬貨は、銅貨が五枚と大銅貨が十枚だったのだ。

 師匠に聞いた話だと、お金の単位はフロン。鉄貨が1フロンで、十枚ごとに、銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨、白金貨となるそうな。


「あ、じゃあこれって身分証になりますか?」


 取っといてよかった王女にもらったブローチ。いや使えるかどうかは今これから判明するんだけども。


「んん? ……なんだこれは。……ってちょっと待ってろ」


 槍を持って皮鎧に身を包んでいた壮年の門番のおっさんは、それだけ言うと何処かへ行ってしまう。


「……すんなりいかないものね」


「だなぁ。でもこれで通してくれるなら、二人で大銅貨全部持っていかれるよりはマシだろ」


「うん」


 俺たちを置いて次々と街へと入る人を眺めながら待つ。冒険者風のパーティーや、商人風の男を護衛する冒険者パーティーなど、さまざまな人が街を出入りしている。中には獣人やエルフと言った異世界もの定番の異種族もいるようだ。


「待たせたな」


 三十分ほど待たされたあと、ようやく門番が戻ってきた。すげー時間がかかってたけどなんだったんだろうな。


「問題ない。通っていいぞ」


「ようやくか……」


「揉めなかっただけマシだと思いましょ」


「はは、待たせてすまなかったな。……ま、なんにしろ、ようこそ、交易都市ザインへ」


 こうして俺たちは異世界初の街へと足を踏み入れた。




 門を通る大通りは活気にあふれていた。片側三車線程度の広さがある道の、一車線はだいたいが屋台で埋まっている。見たところ串焼きなどの屋台もの料理は、一品で20から30フロンほどだろうか。

 周囲の建物は木造が多く、高くても三階建ての建物といったところだ。中世ヨーロッパのように、糞尿がそこかしこに落ちていることはないようだ。


「最初にどこ行くの?」


 キョロキョロと物珍しそうにあたりを見回していると、莉緒に尋ねられた。


「あー、うーん。宿の確保か、仕事にありつけるために冒険者ギルド? があったらそこかな」


 とりあえず異世界もののテンプレをなぞるしかない。街に来てまで外で野営とかしたくないし、冒険者ギルドにも興味がある。お金は稼がないとな。


「あとはお風呂だね」


 うむ。師匠の家の庭に風呂は作ったけど、やっぱり石鹸がないのでさっぱりはしなかった。この世界にも石鹸があるといいんだけどなぁ。


「むしろ最優先事項だな」


「うん。風呂がもし高級宿にしかないとなると、しっかり稼がないと」


「じゃあ宿から行くか。門番のオッサンに聞いといてよかったな」


 大通りを歩いて宿屋街へと向かう。大通りにも宿はあるが、観光客向けとなっていて定宿には向かないとのこと。


「風呂があって飯が美味ければどこでもいい」


「ある程度治安もよくないとね」


 やっぱり安宿じゃダメな気がしてきたなぁ。

 宿屋街への角を曲がると、そこここにベッドの絵を掲げた建物がたくさんあった。


「お、ここは」


 ベッドの絵の横に、風呂に入っている様子が描かれた看板を出している宿があったので入ってみる。


「はい、いらっしゃい。泊りかい?」


 恰幅のいい人好きのするおばちゃんが迎えてくれる。


「はい。二人なんですけど一泊いくらです?」


「二人部屋だと一部屋一泊800フロンだよ」


 うおぉぉ、今の所持金だと一泊しかできねぇぞ。そこそこよさげな宿選んだけど、そこそこする……のか?


「お風呂はありますか?」


 値段におののいていると、すかさず莉緒が本命を確認してくれる。


「もちろんあるよ。それがウチの宿の売りだからね。でも風呂はおひとり様100フロンいただくよ」


「じゃあここに決めます」


「えっ?」


 即答する莉緒に驚くも、これと言って特に否定する要素もない。異世界初の宿なのだ。実際に泊まってみないとわからないことも多いだろう。


「とりあえず一泊お願いします」


 泊まると決めると、おばちゃんに名前を聞かれたので告げる。宿の台帳へはおばちゃんが記入してくれるようだ。先払いのようで、宿泊料金の800フロンの大銅貨八枚を払う。


「おーい! 二名様ご案内だよ!」


 おばちゃんが裏方へ向かって叫ぶと。


「はーい、今ご案内します」


 奥から出てきたのは俺よりもちょっと背の低い、かわいらしい女の子だった。茶色い髪にくりくりとした緑の瞳が印象的だ。

 フロントから鍵を取り出すと階段を上がっていくので後ろについていく。


「ご姉弟きょうだいなんですか?」


「え? 違いますよ?」


「あ、ごめんなさい……。もしかしてご夫婦でしたか?」


 思わぬ女の子の言葉に莉緒の顔が赤くなる。


「夫婦でもないです……」


「ご、ごご、ごめんなさい! てっきり二人部屋だったので、つい!」


 気まずい雰囲気の中否定すると、あわあわしながら女の子が謝ってくる。そういえば流れるように二人部屋に決まったなぁ。師匠の家でも二人部屋だったから全然気にしてなかったけど。


「で、でも、ご予定はあるんですよね……?」


 あわあわしながら聞いてくる女の子。そんな予定はまったくもって考えたこともないんだけど、ことごとく否定し続けるのもなんだか悪い気がしてきたぞ……。

 どうしたもんかと隣を見ると、ちょうど莉緒と目が合った。ぽーっとして潤んでいるようにも見えるその瞳は、今まで見たことのないものだった。


「あれ? 莉緒さんや?」


「私は、柊のことが好きよ。この世界で一番信頼する人だもの」


「えっ? あ、はい。俺も莉緒が好きです」


 唐突な告白に頭が真っ白になって何も考えられない。咄嗟に本音がポロリと出てしまった。


「じゃあ問題ないわよね?」


 何が? えっ? 空気読めって?


「そ、そうだね。じゃあ結婚しよっか」


「うん」


 そんな俺たちのやり取りに、女の子は顔を真っ赤にして口をポカンと開けていた。

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