第21話 魔の森から街へ

「俺たちも行くか……」


 師匠が去った後を眺めながら、一通りアイテムを収納し終えた莉緒へと声を掛ける。なんとも締まりのない別れだったけど、まぁ師匠らしくていいと思う。


「うん」


 テーブルの上にあった唯一の路銀とブローチの入った袋も異空間ボックスへと仕舞う。仮にも王家の紋章……、かどうかはわからないが、何かに使えるかもしれない。師匠曰く、街に入るには身分証がなければお金がいるみたいだし、身分証の代わりにならないかな。

 なんにしろ持っていかない理由はどこにもないのだ。


「さて、庭の獲物も持っていくか」


「私のほうが異空間ボックスの容量は多いけど、柊も食糧とかはいくつか収納しておいてね」


「ああ、わかった」


 莉緒に言われ、昨日狩って血抜きしておいた獲物は俺が回収する。


「じゃあ行くか」


「うん」


 こうして俺たちは魔の森を後にした。




 アークライト王国方面へと森を抜ける道は、徒歩で二十日ほどかかるという。今の俺たちならば、重力魔法で体重を軽くし、風魔法で空を飛ぶという方法が取れる。これでだいたい徒歩の五倍速くらいだろうか。


「あ、ドードー鳥見っけ」


 とはいえ急ぐ旅でもない。上空から獲物を見つければ狩りをするために地上へと降り、サクッと首を落として血抜きをするとまた移動を再開し。

 野営の道具は家になかったので持っていないが、そこは土魔法で壁と屋根を適当に作って寝泊まりをし。

 一週間ほどかけて魔の森を抜けることができた。


「抜けたー!」


 目の前に広がるのは一面の草原だ。ところどころに樹は生えているが、草原しかない。


「なんだかすごいね」


 莉緒も感心しているようだ。こんなに一面に広がる草原は、日本ではお目にかかったことはない。首元まで葉が伸びているから向こう側がよく見えないのだ。


「えーっと、この草原をまっすぐ突っ切ると街道とぶつかって、西に行くと交易都市ザインってのがあるんだっけか」


「師匠はそう言ってたわね」


「五十年前の知識だって言ってたけどな」


「さすがに街は五十年でなくならないでしょ」


「まぁなぁ……。街道はすぐそこなんだっけ?」


「すぐって言ってたけど、どうかしら?」


「ふむ。まぁ目立つ装備は仕舞っておくか」


「そうね」


 背負っていた竜の鱗の盾を異空間ボックスに仕舞うと、莉緒も鱗の張り付けられたローブを仕舞って、質素なローブへと着替える。


「よし、準備おっけー。ここからは歩くかー」


 変に空を飛んでいるところを目撃されても厄介だ。ここからは徒歩で行こう。草が邪魔なので刈り取りながら……。




「うおー、ザクザク刈れる。これ気持ちいい」


 足元からエアカッターを射出しながら歩く俺たち。通った後は草が刈り取られて道ができている。調子に乗ってミステリーサークルなんて作ってしまったが気にしない。


「……何やってんの?」


 俺の後ろで刈り取られた草を一生懸命異空間ボックスに詰めている莉緒に聞いてみる。


「見ての通り草を拾ってるの」


「……何かに使うの?」


「今のところ予定はないけど、何かの役に立つかなって?」


「あ、そう……」


 莉緒は思ったより貧乏性なのだろうか。草食動物の餌にはなりそうだけど、動物を飼う予定はない。

 一時間ほど草原を進んだところで、草の背が低くなり生えている間隔もまばらになってきた。すると均された地面へと突き当たる。


「お、ここが街道か。異世界の街道って初めてだな」


「普通に土の地面みたいね」


 踏み固められた地面には、馬車も通るのか轍の跡もついているようだ。


「えーっと、西ってことは右だな」


 地図を頭の中に浮かべて交易都市ザインとやらの場所を割り出す。

 マップスキルなんて生えたりしないかなぁ……、などと考えながら街道を歩く。今のところ人とはすれ違ったりしない。


「それにしても、草原に出てから魔物に会わないわね」


「まぁそれだけ魔の森が特殊なんだろ」


 魔物が多いから魔の森って呼ばれてるくらいだからな。


「……異世界の街ってどんなところなんだろう」


「師匠の家よりは文明が発達してるといいんだけどな」


「そうね」


「……緊張してんのか?」


 憂いを含んだような莉緒の口調に、思わず声をかける。ハッとした表情で俺を見下ろしてくる彼女。やっぱり並んで歩くと俺の方が小さいと実感せざるを得ない。


「そう……なのかな。初めて行くところは緊張するのかも」


「ははっ、俺もそういう意味じゃ緊張してるけど、初めて魔の森に来たときじゃないんだし、死にはしないだろうから大丈夫だろ」


 人間死ななけりゃ大丈夫だ。うん、何度か死にかけた俺が言うんだから間違いない。安心させるように莉緒の肩を叩くが、その表情はあまり晴れなかったようだ。


「実際に死にかけた柊がそんなに楽天的でどうするのよ」


 むしろ怒られてしまった。


「ご、ごめんなさい」


 さすがに適当すぎたらしい。まぁ確かにここは異世界だし、何があるかわからない。


「でも今度こそ、柊は私が守るから安心して」


 気合を入れる莉緒の言葉に何か納得しづらいものがあるが、俺も気を引き締めなおす。さすがに死にかけるのはもう御免だ。しっかり回避しないとな。


 などと会話を続けながら歩いていると、そこそこすれ違う人も出てきた。まさに異世界の冒険者といった姿に感心していると、ようやく街と思われる壁とその門が見えてきた。

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