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「嫉妬していらっしゃいますね」
朝食後、ナルメルとセテムと三人になった時、いつもの真顔で突然セテムからそんなことを言われた。
「何がだ」
受け渡される報告書に目を通しながら、頬杖をついて尋ねる。
「ファラオの猫を見る目に嫉妬が剥き出しです」
ぎょっとして顔をあげて側近を見た。相変わらずの無表情ぶりでセテムはこちらを見ている。
「近頃ファラオのご機嫌がすこぶる芳しくないと感じてはいましたが、朝のご様子を見て納得致しました。王妃をとられてしまわれたことが理由ですね」
隣のナルメルに目をやれば何とも言えない笑みを浮かべて頷いた。そんなにも自分は分かりやすい表情でヒロコの腕に抱かれている猫を見ていたのだろうか。
「王妃も猫の世話を楽しそうにしていらっしゃいますし、それをやめるよう言及することも憚れるのでしょう」
幼い頃から共にいるこの男に言い訳をしても「そうですか」と真顔で返されるだけなのだろう。
だが肯定するのも気に食わない。おそらく、セテムの言う通り私はただ単純にあの猫に嫉妬しているのだ。しかしそれ以上にヒロコは楽しそうに猫と過ごしている。あのような顔を見せられたら猫を取り上げることも出来ない。
私も一緒に猫と過ごしてやればいいのだが、当の猫が私が近づくことを嫌がる。警戒心をこれでもかと出してきて猫らしからぬギャアという声で鳴くのだ。
「相手はたかが猫です」
そうだ、たかが猫だ。分かっている。
そうではあっても他に為す術が見つからない。
「……お前は猫が好きか」
返す言葉を探すのも面倒で何気なく尋ねてみる。もし好きであれば猫の扱い方を聞いてみるのも一つの手だ。
「私は猫が傍にいるとくしゃみと涙が止まらなくなるので近寄りません」
セテムはそう答えると、パピルスを巻き戻し、退出するために一度深く頭を下げた。
「尋ねるのであればカーメスでしょう。彼は侍女や王妃と一緒になって猫を愛でている唯一の男です」
そのつんとした横顔は、どこか猫に似ているような気がした。
「ただ、猫はバステトの女神です。その女神が王妃に懐いているとなると、それはそれで良いことのように思えます」
慰めなのかは分からないが、あの猫が女神に見えることはないだだろう。
いや、断言できる。あれは女神などではない。
私とセテムの会話を聞いていたナルメルが、口を押えて笑うものだから目で咎めたものの、宰相の何とも言えない微笑みが治まることはなかった。
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