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三日ぶりにメンネフェルの宮殿に帰還し、意気揚々と自室に入って早々、鼻先に丸い目を突き付けられていた。人にはない、獣特有の丸さだ。黄金を思わせる黄色の瞳の中に、鋭く黒い瞳孔があり、こちらを見定めるかのように瞬きなく私を捉えている。灰色の短い毛並みからは微かに草の香りがした。まだ乳臭さもあるのではないか。身体も随分細くなよなよとして、生まれてそれほど経っていないようにも見えた。
「可愛いでしょう」
その小さな獣の向こうから喜々としたヒロコの声が響く。
大して興味もない獣で視界をいっぱいにされ、重要な彼女の顔は少しも見えない。
「なんだこれは」
「子猫よ」
いや、そんなことは分かっている。どこからどう見てもこれは猫だ。
聞きたいのは何故こんなものがこの部屋にいるのかだ。
帰還早々見せたいものがあるのだと嬉しそうにしているヒロコにここへ連れて来られて、何故か私は猫と対面した。
黄色の目の獣が不思議そうにこちらを見つめてくるものだから、負けじと見返していると、見つめていた相手は突如ギャッと吠えるように鳴いた。
「あら、どうしたの?」
猫とは思えぬ鳴き声に驚いたヒロコは、こちらに掲げて見せていた獣を私から離して覗き込んだ。猫は私に向けたものとは違った柔らかな眼差しでヒロコを見つめ、ヒロコの腕の中で悠々としながら今度は甘えるように鳴いた。
猫のその反応の差に眉が上がる。
「怖い顔しないで。この子まだ赤ちゃんなのよ」
「そんな顔をしたつもりはない」
確かにむっとした顔をしていたかもしれないが。
「お母さんが見当たらなくて不安なのよね」
ヒロコは猫を腕に抱き直し、よしよしと身体を揺らしている。
これが不安という態度だろうか。ヒロコに抱かれてあれだけ居心地良さそうにしているというのに。
嫌な予感は的中し、私が帰って来てからというもの、猫はヒロコから離れる様子を見せなかった。
ヒロコが離れると猫は彼女のあとをずっとついてきては抱いてくれと言わんばかりに鳴いてしまう。ヒロコはヒロコでそれが母親が見当たらないからなのだと仕方なく抱き上げる。次第に、侍女たちと一緒になって決まり文句のように可愛い、可愛いと繰り返す始末だ。
加えて、猫は私のことが気に入らないらしくヒロコに近づこうものなら吠えるように鳴く。猫がこんな声で鳴くとは知らず、一瞬驚いてしまった私も悪かった。猫はこれ見よがしに私が近づくとその声で吠えるようになった。
三日ぶりに会ったというのに、私は帰ってからというもの猫に邪魔されて自分の妻にひとつも触れられないときている。
どこが可愛いのか。
むしろ憎たらしいくらいだ。
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