第18話

 闇影省の捕虜を逃がしてから、ランベルトやルミが慌ただしく動き回ることが多くなった。

 特にランベルトはここ数日、その姿を全く見ていない。

 おそらく、ユーリの悪評が広まって、手が付けられないほど大変なことになっているのだろう。



 ――くくくっ、やはりあの捕虜は逃がして正解だったな。そのおかげで一気に悪評が広まるなんて、なんとも愉快な結果だ。この調子でもっと悪評を広めてやる!



 世紀の大悪人たるユーリを前にしたら、眼鏡大臣ランベルト本の虫ルミもなす術もないようだ。


 ただ、眼鏡省(仮)に二人がやってこないので、ユーリは一人退屈にしていたのだ。

 いや、一人きりではなく、側にはミーアもいるし、彼女の姿を見ていれば飽きはしないのだが。



 ガシャァァァン!!



「ご、ごめんなさーい!」



 相変わらず、ミーアは色々なものを壊している。

 しかも、なんでそんなところで転ぶのかっていうレベルの芸術的な転び方をしてくれるので、それを見るだけで飽きはしないのだが、何かが足りない。



 ――そうか、平和すぎるんだな。



 ようやく理由がはっきりとわかる。

 真の大悪人たる自分が、部屋の中でのんびりくつろいでポテトを食べている。

 すでに世界を征服し終えたあとならわかる。

 しかし、今は全く違う。

 むしろ、これから全力で世界征服に乗り出していく(勝手な妄想)所なのに、こんなところでくつろいでいる。



 ――そんなことで良いのだろうか? いや、良くない。それならどうするか? もちろん悪行を行うしかないだろう。



 そうとわかっては行動せざるを得なかった。



「よし、出かけるぞ!」



 ユーリは一応ミーアに声をかけるとマントを羽織り、そのまま部屋を飛び出していく。

 もちろん彼女の事情はお構いなしだ。



『悪人は自分の都合を優先する』



 悪人の行動原理の一つだ。

 そして、ユーリももちろんそれに習って行動をしていた。



 それはユーリ自身が後に執筆した自伝にも書くことになる。


 ただ、聖人君子としてその名を知らしめていたユーリなので、『悪人は自分のことを優先するけど、ユーリは他人のことを優先していた』と勝手に解釈されてしまうのだが、それはユーリのうかがい知ることではなかった。



「ま、待ってください、ユーリ様ぁ!」



 割った皿の片付けをしていたミーアが慌ててユーリの後を追いかける。

 しかし、ユーリがわざわざ止まって待つことはなかった。







 ユーリたちは城下町へとやってきた。


 石畳が敷き詰められた大通りにはたくさんの人が行き来し、とても栄えている。

 ウルアース王国は大陸内で一番の大国。そして、ここが王国の中心であることを考えれば当然だった。



 そんな中をユーリが歩いていると、さまざまな人から声を掛けられる。



「ユーリ王子、本日は町の視察ですか?」

「町が平和なのもユーリ王子のおかげです!」

「ユーリ王子、万歳! これからも王国の平和のために頑張ってください!」



 国民から称賛の言葉を投げられると、さすがのユーリも嬉しく思う。


 自分が聞きたい言葉に変換される素敵イアーを持っているユーリには、先程の言葉も自分の都合の良いように変換されていた。


 『町が平和なのもユーリ王子のおかげです!』は『悪行でユーリ王子が周りのやつらに睨みを利かせてくれているから、この町が舐められることもありません』といった感じに完全に妄想の域に突入していたのだが。



 ――やはり随分と俺の悪行が知れ渡ったようだ。まぁ、色々とやってきたもんな。



 相手のことを考えずにポテトを買い占めたり、借金代わりに館を奪ったり、挙げ句の果てには自分に逆らうやつは容赦なく殲滅したりもした。



 これでユーリのことを恐れるな、という方が無理なのだ。



「……ちょっと待て。なぜ感謝される? むしろ怖がられるはずなのに」



 ようやくユーリは先ほどの会話の矛盾点にようやく気づく。

 その間、実に数分もの時間がかかっている。



「まだユーリ様は十一歳ですから、見た目的にいくら凄んでみてもなかなか怖がってもらえないと思いますよ?」

「くっ、容姿か!? 俺がまだ小さいからか!?」



 まだ成長期が来ていないのか、ユーリは比較的小柄な背丈をしていた。

 ユーリはそれを気にしてはいたものの、どうすることもできないので諦めていたのだ。

 ただ、この容姿が悪行の邪魔をするなら、対策をとる必要があった。



「ユーリ様は今のままで十分可愛いと思いますよ?」

「可愛いじゃ駄目なんだ! 怖がってもらえるようにならないと!」



 しかし、生まれ持ったものはどうすることもできない。



 ――いや、背が低いのなら皆を見下ろせるくらい高くなればいい。



「ミーア、少ししゃがめ!」

「……? これでいいですか?」



 わけもわからずにミーアはその場で腰を下ろす。


 すると、ユーリは彼女の肩に乗る。



「よし、これで皆を見下ろすことができるな。ふふふっ、人がゴミの……」



 嬉しそうに全力で回りを歩く人たちを見下そうとする。

 しかし、実際に肩車の体制でミーアが立っても、それでようやく周りの人たちと同じくらいの背丈だった、


 むしろ、ちょうど視線が合うので、余計に微笑ましそうにしていることがよくわかってしまう。


 ただ、その結果も当然で、ミーア自体が決して背が高い方ではない。

 どちらかと言えば小柄の部類だ。



 小柄+子供=巨人



 とはならないのが、世の厳しさである。



 つまり、人をゴミのように見下してやる、というユーリの計画は最初から破綻していたのだった。



 周りの人たちから優しい視線を向けられる。

 ユーリは無言のままミーアから降り、通りの隅にしゃがみ込むとぼそぼそと呟いていた。



「俺より背が高いやつ、全員滅ぼすか……」

「そんな物騒なこと考えないでください。大人が全員該当しちゃいますよ。ランベルトさんやルミさんも」

「その二人も入るなら望むところじゃないか」



 ミーアと話すことで少しずつ元気を取り戻していったユーリは、低い声で笑みを浮かべていた。


 さすがにそんなことをしないとは思っていたミーアだが、念のためにユーリに釘を打っておく。



「ユーリ様。もし、そんなことをしてしまっては、ユーリ様の好物であるフライドポテトを作る人もいなくなりますよ? ユーリ様がお作りになりますか?」



 すると、ユーリは腕を組んで即答していた。



「ふむ、仕方ない。滅ぼすのはやめておくか」



 あっさりポテトで引いていたユーリの様子にミーアは思わず苦笑を浮かべていた。







 更に町中を歩いているとボロボロの服を着た子供たちがなにやら食料を持って逃げ回っていた。

 そして、それを追いかける店の店員。


 しかし、子供たちは路地裏に精通しているようであっという間に細い脇道の入っていき、その姿が見えなくなっていた。



「はぁ……はぁ……、今度見たらただじゃおかないぞ!」

「何かあったのか?」



 店員に声をかけると、ユーリの姿を見て目を大きく見開いていた。



「ゆ、ユーリ王子!? こ、これはお見苦しいところを見せてしまいまして」

「それはいい。今の子供はなんだ?」

「元貧困街の子供たちが食べるものに困って盗みを働いているのですよ」

「食べ物に困って……か」



 ――それなら懐柔は楽そうだな。それに町中でのあの動き、国民を監視するのに役に立ちそうだ。



 ユーリはにやり微笑むと、店員に向けて言う。



「その子供が盗んだ分の金は国へ請求するといい。あと、余分に食料をもらってもいいか?」

「へっ? よ、よろしいのですか?」

「もちろんだ。その食料は元々貧困街があった場所へ運んでくれ」

「はっ、かしこまりました。すぐに手配させていただきます」



 店員は深々とお辞儀をすると、跳びはねそうなほど嬉しそうに店へと戻っていった。



 ――ユーリ様、また良いことしてる。よかったのかな?



 ミーアは不思議そうにユーリを見る。

 当のユーリは悪そうな表情を浮かべていた。



 ――くくくっ、元貧困街の子供なら切るのも容易だし、道に詳しいなら隠密行動もできるだろう。しかも、飯程度で懐柔できる。盗んだものの金を払うことで既に恩も売っている。なるほど、これだけ使える家来はないな。



「よし、それじゃあ早速さっきの子供たちを探すぞ! ミーア、全戦力を投入しろ!」

「わ、わかりましたー!!」



 ミーアは慌てて城に戻っていく。

 もちろん、その途中に一度転んでいたのは愛嬌だった。







「それで、どうして集まったのがルミだけなんだ?」

「ぼくだって色々と調べるのに忙しいんだよ! でも、ミーアにどうしても、と頼まれたから」

「さすがにいきなり人を集めてくれって言われても無理ですよー」



 息を切らしていたミーアは必死に泣きごとを言っていた。



 ――これがランベルトなら数人の兵を集めるのだろうけど。やはり必要なときにいないなんてやつは俺の邪魔ばかりしてくるな。



 しっかりと評価するところは評価できるユーリである。

 ただ、この場にいないことで大幅に評価を下げ、結局元の状態に戻るところまで、がいつもの結果だった。



「はぁ……、まぁいい。ルミ、それでさっきの子供たちはどこに行った?」

「さっき、っていつ? そもそもぼくはその様子を見てないんだけど?」



 いちいち説明しないといけないようだ。

 思わずユーリはため息を吐いていた。



「……使えないな」

「ぼく、帰ってもいいか?」

「だ、駄目ですよ!? ほらっ、ユーリ様も。元々貧困街に住んでいた子供を探すのですよね?」

「……そんな子供を集めてどうするの? 酷いことをするなら許さないよ?」



 ルミが鋭い視線を向けて反発してくる。



「くくくっ、それならどうするつもりなんだ? 俺を止められるなら止めてみるといい!」



 ユーリも対抗して腕を組み、高笑いをしてみせる。

 そんな間にミーアが割って入る。



「はいはい、二人とも、喧嘩はそこまでにしてください。ユーリ様も早く子供たちに施しをしに行くんですよね?」

「ち、違うぞ! 懐柔しに行くんだ!」

「はぁ……、まぁ、いいよ。貧困街に行くなら付いてきて。ぼくも少し世話になった孤児院の人なら何か知ってるかもしれないから」



 ミーアにすっかり毒気を抜かれたルミがため息交じりに先を歩いていく。



「ふんっ、なら最初から案内しろ!」

「……帰るよ?」

「だ、だから、二人で喧嘩しないでください!」



 仲違いする二人をなんとか宥めるミーア。



 ――どうしてユーリ様はルミさんやランベルトさんには口が悪くなってしまうのだろう? むしろ気を許しているから本音が出せるのかな?



 もちろんユーリはルミやランベルトを敵だと思っているから必然的に口が悪くなるのだが、そんなことを思わないミーアは少し羨ましく感じていた。

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