第17話

 結局、中途半端のタイミングだったが、パーティーは終わりとなっていた。

 国内で反乱が起きているとなれば仕方ないだろう。


 むしろ、挨拶ばかりの堅苦しいパーティーから解放されてユーリはホッとしていた。


 しかし、フロレンティーナが不安そうな顔を見せてくる。



「ユーリ様、大丈夫でしょうか? 反乱なんてその……」

「あぁ、何も問題ない。反乱なんてすぐに鎮圧されるだろうからな」



 ――そして、俺の悪名が国内に広まる。考えただけでも笑いが止まらないな。



 ユーリは嬉しそうに微笑んでいた。

 その一方でフロレンティーナの方もユーリのことを感心していた。



 ――まさかもう手を打たれているとは。ユーリ様のことですからみんな平和になる解決方法をされるのでしょうね。



 もちろんユーリはそんなことを考えているはずもないが。







 それから数日が過ぎた。

 新設された眼鏡省(仮)のメンバーが全員集まっている状態でランベルトが口を開く。



「先日の反乱はユーリ様のご命令通りに無事、解決させていただきました」



 実際はほとんど反乱は起こっておらず、扇動しようとしていた数人がただ騒ぎを起こしていただけだった。

 もちろん、飢饉らしい飢饉も起こっておらず、一応ポテトを配ったら感謝していた。



 ――こういったちょっとしたことでユーリ王子の評判が上げられるのは喜ばしいことですね。



 ランベルトは報告をしながら嬉しそうに微笑む。



「ユーリ王子の先見の明、さすがでございました」



 ランベルトが感服して頭を下げている様子を見ると、ユーリ自身も悪い気はしない。

 ついつい気分が良くなり、ランベルトに対して珍しく労いの言葉を掛けていた。



「よくやってくれた、ランベルト。この成果はお前のおかげだ」



 ――今頃、俺の悪名も広がっているだろう。ランベルトは気づいていないようだが。



 そんな、ありもしない想像をして笑みを浮かべるユーリ。

 もちろん、それとは逆に称賛の声が広がっていることにユーリは気づいていなかった。



 そして、ランベルトはユーリからもらった労いの言葉に目から涙を流すほどに感動していた。



「あ、ありがとうございます。このランベルト、少しでもユーリ王子の意を汲み取れるようにこれからも精進させていただきます」



 ランベルトのその大げさすぎる反応に、ユーリは苦笑を浮かべていた。



「そういえば、反乱を扇動しようとした人物が少し問題のある人物でして……。念のためにユーリ王子に処遇を聞きたく思いまして……」



 わざわざ意味深に言ってくるランベルト。



「問題? まさか味方の誰かだったとかか?」



 ――まぁ、俺に楯突いた時点でそいつは滅ぼすべき敵だけどな。



 ユーリが目を光らせる。

 すると、ランベルトが目を見開いて驚いていた。



「さすがユーリ王子。既に目星を付けられておられましたか。その通りにございます。反乱を煽っていたのは闇影省の人間でした」



 ――闇影省か……。名前に闇が付いていて、少し悪っぽいなとは思っていたのだが、本当に悪の部署だったとはな。



 報告を受けた瞬間に少しだけ親近感がわくユーリ。

 既に滅ぼすことは確定しているものの、その前に話を聞きたくなっていた。



「わかった。少し話が聞きたい。捕らえたやつを呼んでくれるか?」

「かしこまりました。では、少々お待ちください」



 ランベルトは軽く頭を下げたあと、部屋を出て行った。







 しばらくして、ランベルトが連れてきたのは少し細めの中年男性だった。



「こちらが例の件で捕らえた闇影省のミラム・ライデンにございます」

「ユーリ王子、どうしたのですか? なにやら慌ただしい様子で……」



 ミラムは自分が疑われているとは思えないほど、普段通りの表情を見せていた。

 ユーリはにやりと微笑むとテーブルに肘をつき、鋭い視線を向けながら尋ねる。



「……どうしてお前が捕まったのかわかっているか?」

「私にはさっぱりわかりません」



 ミラムは白々しく首を横に振る。



「あなたはユーリ王子の評価を下げ、あらぬ噂を流しておりました。それで国家転覆を狙う一味と判断しました」

「あらぬ噂なんて。我々はユーリ王子が悪行を企てているという話を聞いて、それを皆に教えて回っただけでございます」



 ――こいつら、俺の悪名を広めてくれていたのか?



 悪名は一人歩きしない。

 人から人へ伝え広がっていき、その結果恐れられるようになるものだ。



 ――つまり、今回の一件は意外と広まっていないのか?



 思わずユーリは頭を抱えたくなった。



 ――確かに一人残らず探し出せ、とは言ったが、こいつらは俺の悪行を広げてくれるやつらだ。俺のために働いてくれているのになんで捕らえる? ……くっ、またランベルトの罠か! 従順に命令を聞いていると思ったら、こんなところに罠を張っているとは。



 ユーリは悔しそうに唇を噛みしめていた。

 しかし、ランベルトは誇らしそうに胸を張っていて、ユーリの苛立ちには気づいていない。



「……こいつらは問題ない」

「し、しかし、ミラムはユーリ王子の悪評を広めていたのですよ? こんな人物を放っておくのは……」

「問題ない。そいつは・・・・あくまでも俺の評判を広めているだけだ。なら、思う存分広めさせろ!」

「っ!!? わ、わかりました!」



 ユーリの強めの言葉にランバルトは驚きの表情を見せていた。

 しかし、すぐに何か悟ってそのままミラムを連れて部屋を出て行った。



 ――これで俺の悪名がしっかり広まってくれるわけだな。



 ランベルトが出て行く様子をユーリは微笑みながら見ていた。


 そんなユーリの表情かおを見ていたルミ。



 ――国家転覆しようとした人物を解放? どうして? 解放したら絶対に良くないことが起こるのに……。



 国家転覆なんてかなり危険なことをしようとした人物を解放していたので、そう捉えられても仕方のないことだった。



 ルミはユーリへ鋭い視線を向けて、何を考えているのかを探ろうとする。



 実際、ルミはユーリに心酔して眼鏡省(仮)に配属されたわけではない。

 むしろその逆で、本当にユーリが悪人なら止めるために動こうと思ったからだった。


 ただ、ここ最近のユーリを見ていると全く悪いことはせずに、むしろ国のためになるように動いていた。(ランベルトの補正込みだが)



 それが急に今の行動。さすがに怪しまずにはいられなかった。



 ――ランベルトも疑問に持っていたようだし、一度相談してみよう。



 ルミもランベルトの後を追って部屋を出て行く。







 部屋を出るとすぐにランベルトは見つかった。

 そして、なにやらミラムに対して話しかけているようだった。



「ユーリ王子は本当に素晴らしいお方なんですよ。今回あなたが助かったのもユーリ王子が自身を悪く言われようと、それでも国民、皆を愛しておられるからに他なりません。そのことを重々承知して、真の・・評判を広めてくださいね? もし次に捕まったら、ユーリ王子が許しても私が許しませんので」



 笑みを見せながら無言の圧を加えていたランベルト。

 そのあまりの迫力にミラムは何度か頷いていた。



「えっと、ランベルト? 何をしているの」

「あぁ、ルミですか。先ほどのユーリ王子が仰ってたことを実行していただけですよ」

「……? でも、さっきはただ解放しろって……」

「さすがにそのまま解放して、またユーリ王子の悪評を広められても困りますからね。ユーリ王子もそのことくらいわかっていますよ。だからこそ最初はすごく辛そうな顔をされていましたし。だからこそ、ユーリ王子の素晴らしさを教えて上げていたのですよ」



 曇りに曇った眼鏡を持ちあげるランベルト。

 そして、すっかり憔悴しきっていたミラムは何度も頷いていた。


 実際は悪評が広まるのを止められたから悔しく思っていただけなのだが、またもランベルトは斜め上の想像をして、ユーリの思惑を阻んでいた。



「で、でも、今回は本当に悪人だよね? 国家転覆を目論んでいるような人だし」

「いえ、ユーリ王子はあくまでもミラムに関しては解放しろって言っていたのですよ。つまり、悪いのは下っ端の実行犯である彼ではなくて、彼に命をだした人物。つまり闇影省の長ということになります」

「……っ!? そ、それもそうだね」



 ランベルトに教わってようやくルミはこの人物を解放した理由がわかった。

 下っ端をいくら捕まえても、犯人は止まることがない。

 むしろ、こうやって捕らえていることへの悪評を広めていくかもしれない。


 それなら下っ端は解放する。

 もちろん、ユーリに反抗しないように誓わせて、だが。

 そして、少しずつ犯人への糸口をつかんでいくわけだ。


 そして、ランベルトは既に犯人の可能性のある人物に目星を付けているようだった。



「ちょうどよかったです。ルミも手伝ってくれますか?」

「ぼくが? 何を手伝ったらいいのかな?」

「闇影省を落とします。先日の私はユーリ王子が仰った意味の半分もわかっていませんでした。全戦力を持って殲滅する。これがポテトを配って飢饉の理由をなくすことだけなのだと思っていました」



 ランベルトは本当に悔しそうに唇を噛みしめる。


 もちろん、ルミはそんな彼の話の半分もついていけない。



「本当は影の悪人、闇影省を潰すところまで計画の一つだったのでしょう。ただ、相手も王国を支えてきた功労者。さすがに闇影省の人間を捕まえただけでは潰すところまではいかない。ですが、ようやく証拠らしきものをつかんだかもしれません」



 ランベルトは一冊の本を取り出す。



「ミラムが持っていたものになります。『滅亡の蛇の教典』。中身は理解できませんでしたが、ルミならあるいはと思いまして」

「ぼくにも見たことのない文字だ。ちょっと時間をくれないか? しっかり解読してみせるよ」



 そもそも表紙に書かれたタイトルからしてあまり良いことが書かれていないことが想像できる。



「一応気をつけてくださいね。呪いの類いも十分に考えられます。読むときは必ず私かミーアがいる前でお願いします」

「もちろんだよ」



 ルミは軽く本を開いて中を見る。

 しかし、たくさんの本を読み、色々な手紙を書いてきた水尚省期待の新人だったルミですら見たことのない文字。


 おそらくは、もしこの本が見つかったときでも、ただの本だと言い逃れできるように暗号で書かれているのだろう。



 ――でも、ちゃんと読めるようにはできているはず。



 それならばこのあとはルミの仕事だった。



「数日はもらうから」

「構いませんよ。その間、私は闇影省の長であるアブラヒムを監視いたします。ミーアにはユーリ王子の護衛をしっかり務めるように言っておきましょう」

「……ミーアで大丈夫? ううん、本を読むときは、ぼくもいるけど」

「大丈夫ですよ。そもそもユーリ王子は全てを見通されています。だから我々はユーリ王子の仰った行動の通りに動けば間違いないですよ」



 ――おそらくルミを眼鏡省に引き入れたのは、このときのためだったのでしょう。暗号の解読なら彼女に任せておけば問題ないはずです。それに新しい省を作られたのも、こうやって独自に動いて内部の犯罪を取り立てるためだったのですね。



 こうして眼鏡省(仮)による闇影省の調査が内々に始まるのだった。



 もちろん、ただ悪名を広めようとしただけのユーリは、そんなことになっているとは露知らずに、ミーアが入れてくれた紅茶を飲みながら、のんきにポテトを食べていた。

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