第15話

 前世の記憶を思い出してから一年の歳月が過ぎ、ユーリはついに十一歳になっていた。



 ――年齢の割に背丈はあまり変わってないんだよな。もっと伸びてくれたら良いのに。



 必死に姿見の前で背伸びをするユーリ。

 その後ろでミーアは微笑ましそうにユーリを眺めながら、服の準備をしていた。



「ユーリ様、お召し物の準備ができました」



 新品の煌びやかな服装。

 ユーリとしては派手すぎる衣装のような気がしていた。



「ミーア、服装だけどな。少し派手すぎないか?」



 別の衣装を用意してくれ、と言おうとしたのだが、ミーアはキッパリ言い切ってくる。



「いえ、このくらい派手な方が悪人らしいですよ! それに今日はユーリ様の一生に一度だけの十一歳の誕生日パーティーなのですから。ちゃんとしたものを着てもらわないと」

「誕生日パーティーは毎年してるだろう?」

「十一歳の誕生日パーティーは今年だけですよ?」

「……やることは変わらないじゃないか」



 ユーリは思わず苦笑をしてしまう。

 ただ、ミーアがこの方が悪人らしいと言うのなら、ユーリからそれ以上言うつもりもなかった。


 そして、ミーアは気にすることなく準備した服をユーリに着させていく。



「せめて髪をオールバックに……」

「いえ、髪も私にお任せください!」

「あ、あぁ……」



 妙に張り切っているミーアに押されるがまま、衣装に関しては彼女に任せきりになってしまう。



 ――き、今日のミーアはやけに押しが強いな……。



 されるがままになるユーリ。鈍くさい彼女だが、こと衣装に関してはなぜか一般的なセンスがあるので、今回もきっちり仕上げてくれるだろう。







 しばらくして、ミーアのセットが終わる。

 いつもと比べると数段マシな感じに見える。ただ、悪役感はあまりなかった。


 ユーリとしてはもう少し怪しげな感じが欲しかったが、ミーアは満足そうにしていた。



 ――どうも悪人の感覚がミーアと少しずれている気がするな。一度、話し合う必要があるかもしれない。



「とってもお似合いですよ、ユーリ様」

「あ、あぁ……。でも、ここまでしなくてよかったんじゃないか?」

「だ、ダメですよ! ユーリ様は今日の主役なんですよ! それに……」



 ミーアは悲しそうに顔を伏せる。



「ユーリ様は来年から学校に行かれますよね? 十二歳以上の貴族と王族の方はアルマーズ公国にある学校に行くものだと聞いておりますが?」



 実際は強制ではないのだが、将来国を背負う者たちが幼いうちから交流ができる場として、重宝され、行かないという選択肢をするものはいなかった。

 もちろんユーリも……。



「よし、なら行かない!」



 行かなくてもいいところを行く必要はない。

 キッパリとミーアに言い切るが、彼女は首を横に振っていた。



「確かにユーリ様は王国の英知とまで呼ばれるお方。学校で学ぶような勉学は必要ないかもしれません。しかし、そこで得られるのは知恵だけではありませんよ。同世代の御学友を得られるのは学校だけですよ?」



 悪人仲間であるミーアが学校に行って、学友を作ってこいと言っている。

 そこでユーリはハッとなる。



 ――確かに悪友を作れるのも学校だけだな。



 そして、それは今後の俺の悪人生活にはかけがえのないものになるだろう。

 そこまで考えると確かにミーアのいう通り、行かないという選択肢は選びがたかった。



「そうだな。行った方が良さそうだな」

「はい。ですので、ユーリ様が学校へ行くまでの間、専属メイドとして誠心誠意仕えさせていただきます」

「……何を言ってるんだ? もちろんミーアにも来てもらうぞ? 学校には一人まで従者を連れて行くことができるんだろう?」



 むしろ、貴族や王族たちが行くのだから、基本一人連れて行くのが習わしになっていた。

 連れていないと貧乏貴族に見られてしまうので、どんなことをしてでも一人連れて行かないといけない。

 そして、どのような従者を連れてきたかで、その人物の格を表している、とも言われていた。



「で、ですが、私はその、ミスばかりしてますし、もっと優秀な方を……。た、例えばランベルトさんとか……」

「ランベルトを連れて行けるわけないだろ!」



 ――なんで自分から敵とわかっているやつと二人で過ごさないといけないんだ! 長期休みの間は帰って来られるとはいえ、学校は六年間もあるんだぞ?



 ユーリが速攻否定するのを見て、ミーアは頷いた。



「そうですね。ランベルトさんは忙しそうですもんね。それならルミさんを……」

「いや、俺は腹心であるお前を連れて行くと言ったんだ! 反論は許さんぞ!」



 俺のことを悪だと言っているルミも、側にいられると落ち着かない。



 結局のところ、同じ志を持つミーアが一番落ち着くのだ。

 それに有能な従者ばかり周りが連れてきているところに、ミーアのような鈍くさい人間を放り込む。


 これはこれで反骨心溢れる行動ではないだろうか。


 もちろん、そんなユーリの意図はミーアには伝わらない。


 むしろ、腹心とまで言われてミーアは感動していた。



「わかりました。ユーリ様にそこまで仰っていただけたのですから、誠心誠意仕えさせていただきます」



 ――ユーリ様は私のことを買ってくれてるんだ。何の取り柄もないと思っていた私だけど、ユーリ様がそこまで仰るのなら役に立てるように頑張ろう。



 ミーアはユーリに認められたと思い、気合いを入れていた。



「さて、それじゃあそろそろ会場に向かうぞ!」



 ユーリは悪役らしく、かっこよくマントを羽織る。



 何度も影で練習した(ミーアには見られていたが)マントの羽織り方。

 今だとどんな人に見られても恥ずかしくないかっこいい羽織り方ができるようになっていた。

 しかし、マントはすぐにミーアに取り上げられてしまう。



「ミーア、それは悪として必要な……」

「今日のところは我慢してくださいね」



 悪人風のマントもダメなようだ。

 少し肩を落としながら、ユーリはパーティー会場へと向かって行く。







 姿が悪役っぽくないなら、せめて行動と台詞くらいは悪役っぽくしようと思いながら、パーティー会場へと辿り着く。


 すでに何人もの知り合いや貴族たちが集まっていた。


 すると、真っ先にフロレンティーナがユーリの下へと駆け寄ってくる。

 その姿は以前のオドオドした様子は感じられず、皇女らしい堂々とした佇まいになっていた。



「ユーリ様、お誕生日おめでとうございます」

「ふっ、どうやらそのようだな。ありがとう」



 額に手を当てて悪人っぽく言ってみる。

 しかし、その姿を見たフロレンティーナがクスクスと笑ってくる。



「ふふふっ、ユーリ様は相変わらずのようですね」

「そういうティーナは随分と活躍してるようだな」



 帝国内でかなり悪を貫いているようだ。

 すでに悪役令嬢として名前を広めていっているのではないだろうか。



「えぇ、ユーリ様の隣に並び立てるように頑張っております」



 フロレンティーナとしては英雄ユーリの隣に並び立てるように、かなり善行を積んでいた。

 最近ではポツポツと聖女様と言われるようになってきたとか。


 もちろんそのことをユーリは知らなかった。

 だからこそ、隣に並び立てる、ということを悪人として、と考えるのはおかしいことではなかった。



「くくくっ、せいぜい頑張るといい」

「あっ、それとユーリ様、私も来年から学校に通えるようになりました」



 フロレンティーナが嬉しそうに報告してくる。

 ただ、フロレンティーナの年齢だと普通は入学することができない。



「ユーリ様と一緒に通いたくて、頑張っちゃいました」



 ――なるほど。頑張った、か。つまり賄賂を送ったか、それとも学校の長を脅したか、どちらにしても帝国ならそのくらい容易にできるだろう。



 順調に悪女として育ってきていることにユーリは満足げに頷いていた。


 ただ、聖女と呼ばれるフロレンティーナがそんなことをするはずもなく、かなりの成果と実力を見せることで飛び級することに成功しただけだったのだが。



 今日も順調に二人は勘違いしていた。



 すると、さすがに堂々と悪人(だとユーリは思ってる)の二人が話をしていたら黙っていられないのか、ランベルトがやってくる。


 その格好はいつも通り、几帳面な彼の性格を表しているようで、きっちり整えられていた。



 ――相変わらず嫌みなくらい眼鏡が光り輝いているな。いっそ、眼鏡大臣なる称号でも与えてやろうか?



 今までのランベルトはユーリのために功績を挙げてくれていた。

 何かそれに見合う位を授けるのは当然だったのだが、普通の位を授けるのはユーリとしては面白くなかった。


 ユーリは眉をひそませながら、そんなことを考えていた。



 すると、ランベルトが臣下の礼を取ってお祝いの言葉を告げてくる。



「ユーリ王子、この度はおめでとうございます」



 自分に従順な態度を取ってくる相手。

 敵だからこそ、こういう態度を取られると嬉しく思えて、内心鼻高々になるユーリであった。



 ――くくくっ、この調子でランベルトを陥落できるのではないか? そうしたら思う存分こき使ってやる!



 ユーリの頭の中で色々と妄想が広がって行く。

 そして、先ほど思ったことを実際に言ってみることにした。



「あぁ、ありがとう、ランベルト。それよりもお前も俺のために働いてくれて長いだろう? そろそろ位を上げたいと思っていたんだ。最終は父上に進言してから、にはなるが眼鏡大臣というものはどうだろうか?」



 ユーリとしては精一杯の嫌がらせなのだが、ランベルトは泣くほど感動されてしまう。



「わ、私が大臣の位に……。ユーリ王子はそこまで私のことを評価してくださって……。あ、ありがとうございます。このランベルト、今後とも誠心誠意ユーリ王子にお仕えさせていただきます」



 ランベルトが泣いた理由。

 それは眼鏡大臣という位が『眼鏡が光り輝いていたから』という意味には取らずに、『常に貴族たちに対して眼鏡を光らせて不正を見逃さないでくれ。ランベルトならそれができる』とユーリに言われたと思いこんだからだ。



 特に今回、ユーリに近づいたのは国内になにやら怪しい動きをしている集団がいることがわかったからだ。しかも貴族の中に。

 そうなってくると弱小貴族であるランベルトには手が終えなくなってきて、いちいちユーリに動いてもらうという手間が発生してしまう。


 そのことの相談もしようとしたのだが、おそらくユーリはそこまで先読みしていたのだろう。



 確かに各省のトップである省長。それをまとめあげるのが大臣で、国内だと王族に次ぐ位を持っていた。

 そんな位にポンッと押し上げられたものだから感動以外の何物もなかった。



 ――ユーリ王子は少しネーミングのセンスが独特のようですが、物事の本質を見られているお方ですので、確かに眼鏡という名前がぴったりなのかもしれないですね。



 クイッと眼鏡を持ちあげるランベルト。

 今までの努力が評価され、更にユーリに自分のことを信頼してもらえた。

 それがランベルトが涙した理由なのだが、もちろんユーリに伝わることはなかった。



 常に眼鏡が曇っているランベルトからしたらある意味、眼鏡大臣という名前はうってつけなのかもしれない。







 後ほど、ユーリは本当に国王にそのことを提言してみたら、今までの功が認められて、ユーリがトップになり、その下に大臣のランベルト。そして、ユーリが信頼している(と勝手に思われている)ルミを加えた眼鏡省なるユーリ直属の省が作られることになってしまった。


 そこでユーリは安直に名前を付けたことを後悔して、最初の活動が省の名前を決めることになったのだが、それはまた別の話だった。

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