十話

「そこをどけ。感情エネルギーによる攻撃を食らえば、たとえ実体がなくとも無事では済まんぞ」

「ダメ……ダメだもん!」


 プリシアは頑として譲らない。ただ大きく胸を張って、藍原を守ろうとしている。


「カキタローはね、私が耳かき音声のファイルを削除したりしたら土に埋めてやるって言うんだよ」


 ……待て、何の話をしている。


「何の話をしている?」


 俺の気持ちを、まさか敵に代弁されてしまうとは。

 プリシアは俺達の疑問に答えるように言葉を続ける。


「誰かの大事なものを傷つけるのは、蔑ろにするのは、一番嫌いなことだって。カキタローが、私に教えてくれたの。私が知らなかったいろんなことを、感情を、カキタローが教えてくれたの」

「……プリシア……」


 プリシアの話を聞きながら、俺は地面に手をついた。軋む腕に無理矢理力を込めて、身体を起こそうとする。


「だから、このギターは。ウタのギターには、絶対に手を出させない」

「言いたいことは、それだけか?」


 決然として動じないプリシアに対して、ハイトはあまりにも冷血だった。ただ冷ややかに怪人へと命ずる。


「消せ。目障りだ」


 怪人が動いた。しなる鞭のように、その触手がプリシアに向かって襲いかかる。



「――ははっ、やっと活躍できそうな感じ?」



 その声はラムネ瓶の中のビー玉のようにカラコロと響いた。

 直後、怪人のおぞましい悲鳴が続く。


「やっ、カッキー。助けに来たぜ。って一回言ってみたかったんだよね」

「酷い有様だな、カキタロー」

「座間……ヴェール……」


 ヒーロー姿になって現れた座間とその周囲をうろついている光る玉っころに、俺は言う。


「おまえら……役に立つこともあるんだな……」

「ひでぇ! 大怪我してるのに相変わらずひでおわっ!?」


 座間が手持ちの武器――バットを振るい、怪人の触手を弾いた。耳かき棒で戦う俺が言うのもなんだが、金属バットを振り回すヒーローというのもいかがなものなのだろうか。武器のチョイスが完全に不良のそれである。


「話は後だキュウイチ。早々に怪人をかたづけろ」

「オーケイ」


 座間が地面を蹴り、すさまじい勢いで怪人へと肉薄する。二人目のヒーローが現れるとは予想していなかったのか、不意を突かれた怪人の動きが鈍くなる。戦況はすっかりひっくり返ったようだ。


「カ、カキタロー!」


 プリシアが俺の方に近づいてくる。俺はなんとか身体を起こし、体勢を変えて地面にあぐらを掻いた。


「プリシア」

「なにっ!?」

「……ありがとう」


 口をついて出たのは、いったい何に対するお礼だったのだろうか。助けられたのは俺ではない、というかむしろ現在進行形で俺はボロボロなわけで、そういう意味ではやはりプリシアはポンコツだと評価せざるを得ないのではないだろうかとも思うわけだが……。


 プリシアは驚きに丸くしていた目を優しげに細めて、


「えへへ」


 ただそう、笑っていた。


「カッキー! 大丈夫かぁ!?」


 座間の大声が耳朶を打つ。見やれば、奴は触手にぐるぐる巻きにされて地面に転がっていた。

 ……おい。


「元気そうなら助けてほしいなぁ、なんてぇ」

「なんっでだよっ! おまえらホント、俺がいない間どうやってヒーローやってたんだよ!?」

「自慢ではないが、キュウイチの戦闘能力は君にも劣らないものがある。ただ調子に乗りやすく詰めが甘く隙だらけなだけだ」


 俺の怒声にヴェールがフォローを返す。違う、これ1:3で欠点挙げてるじゃないか、ほとんど罵倒だ。


「カキタロー……」

「変な顔してんじゃねぇ。大丈夫、だっ」


 俺は全身に渾身の力を込めて立ち上がった。そこそこ時間が経ったおかげか身体の調子はよくなっている。これもヒーローとしての力の恩恵だろうか。本調子とは言い難いが、十分だ。


「そんな傷だらけの身体で、私に勝てると思っているのか?」


 諦めを誘うようなハイトの言葉を、俺は無視した。精霊を無視することに関しては俺の十八番、今まで合計何時間プリシアをスルーしてきたと思っている。

 胸の内側から、炎が湧き上がるようなイメージ。そのまま全身を包み込んだ熱を、肌から放出させる。


「いくぞ」


 風が吹いた。ヒーローに変身した俺はすかさず怪人へと迫る。

 目に血でもついているのか、視界に赤色がちらつく。だがかまわない。

 怪人の触手攻撃を避けると、舞った砂埃が視界の邪魔をした。それでもかまわない。

 ただ淡々と、彼我の距離を詰めていく。


「後ろっ!」


 プリシアの声がした。後頭部に衝撃、その勢いでつんのめったが何とか堪える。

 素早く振り返れば、怪人の伸びた触手がぐるりと半円を描いてから俺の背後まで迫っていた。


「やれ」


 ハイトが言うと、怪人の背からさらに六本の触手が生える。座間が「うげ」と呻いた。それは絶望的な状況に対してか、絶望的に気持ち悪い怪人のヴィジュアルに対してかはわからない。

 ただ一つ言えることは、たとえ触手が百本に増えようともかまわない、ということだけだ。

 怪人の触手が一斉に襲いかかってくる。俺は立ち止まって耳かき棒を構えた。漁師が自慢の釣り竿をしならせるように、俺は愛する耳かき棒を振るう。


「むっ」


 精霊の驚くような声。ほんの一瞬にして、俺は迫る触手のすべてを捌き、絡まった糸のように耳かき棒へと縛り付けた。

 俺は怪人へと近寄る。全ての手を封じられた怪人に、もはや為す術はない。


「あんたが精霊に操られてる、かわいそうな人間だってのはわかってる」


 語りかけながら、俺は拳を強く握った。


「でもすまん、怪我はちゃんと治してやるから――殴らせろ」


 顔面に思い切り拳を叩き込むと、怪人は不細工な悲鳴を上げながら吹き飛んだ。

 拳についた粘液のヌメヌメとした気持ち悪さを味わいながら、粘液耳かきは流行りそうにないなと思った。

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