one for the..........?

鈴元

第1話 one for all


 一人はみんなのために、みんなは一人のために。

 みんなが一人のためにしなくとも、一人はみんなのために。

 そのように、そのように、生きてきた。


「……誰か見てるな」

「位置は?」

「まだ分からん、これから探知する」

「僕やろうか?」

「お前のは効率が悪い」

 白い布の上に一つ落ちたシミのようにこの世には認知されない存在がいる。

 人はそれを化生けしょうと呼んだ。

 それはこの世とあの世の狭間、壁にはばまれ普段は関与できない空間に生きていた。

 だが、時折この壁を破ることがある。

 折を破った獣が街に放たれるが如く、奴らは人の世に踏み込むのだ。

 その前にこの超常的存在を打倒しようとする者たちがこの世にはいる。

 霊力と呼ばれる特殊な力を宿し、ギフトと呼ばれる異能力を行使するもの。

 異能力者、そう呼ばれる存在であった。

「そうだけど……姫流ひめる、わがまま。姫流のは時間かかるから僕のの方が展開は速いのに」

「まぁまぁ結乃ゆいの……俺が守るよ」

 夕暮れの駅前交差点に男女三人。

 それぞれ歳のほどは若く、高校生ぐらいだろう。

 普段は人が多い場所ではあるものの、今は誰もいない。

 ここは彼らの世界だ。

 人ならざるものの世界には人の姿はない。

 特殊な力を持つ彼ら以外には。

 姫流と呼ばれた眼鏡の少女が呟く。

「さよならの森」

 直後、彼女を中心として地面から草木が生える。

 半径十メートルほどの森が完成する。

「……まだ足を踏み入れていない。結乃、準備しろ」

「はーい」

 結乃は華奢な体つきと中性的な見た目が特徴的だ。

 長く伸びた髪をかき上げながら視線をさまよわせる。

 その右手にはゴテゴテとした指輪。

 一つの指も残さずに装着されている。

 左手も同様だった。

縁檻エンゲージ

 右手薬指の指輪が光る。

 光を受けたからではない、それこそが彼の持つ異能力。

「巽」

 角の生えた蛇のような巨大な生物が現れる。

 ぐるりと三人を囲むように体を寝かせ、様子をうかがう。

「……すずむはいいの? 今の内からやっといたら?」

「こいつのは負担がかかるからタイミングはアタシが指示する。いいな?」

「晋がいいなら」

「俺は構わないよ」

 そんな会話を続けている間にも姫流の作り出す森はその範囲を広げていく。

 周囲が緑に染まる中、周囲の様子を観察する。

「……いた」

 姫流のその言葉に残る二人の顔に緊張の色が現れる。

 それはつまり、見られていたという感覚が正しかったということと付近に敵がいることを表している。

「歩道橋の上だな……人の形をしている。組合員だな」

「歩道橋……分かった」

「……組合のがなんでここにいるんだろ」

 交差点の傍にある歩道橋に視線を向ける。

 そこにも彼女の草木が生え、自然の一部として飲み込んでいた。

「巽を行かせるよ」

「晋、お前も行け。アタシたちは後から詰める。前衛はお前の持ち場だ」

「了解……」

 巽と呼ばれた蛇が交差点を滑り、歩道橋の階段にその体を這わせる。

 追うように走った晋は手すりを飛び越え、階段の上に飛び降りた。

「……すぅ」

 晋はおおきく息を吸い、肺の中に取り込む。

 ゆっくりと吐き出し、階段の上を見る。

 敵の姿は見えない。

 しかし、この草木の道を進んでいけば敵を見つけることが出来るのだろう。

四速炎参ニトロ・一速」

 とん、と左胸を叩くと心臓が強く血流を流し始める。

 同時に体が熱くなり、まるで晋の体が火を背負ったようにまで感じた。

「行こう、巽。まぁ……俺が使役してるわけじゃないけど」

 巽が階段を上り、それに続くように晋も階段を蹴る。

 風を切り、あっという間に階段を上り切る。

「あ……」

 いた、そう言葉にする前に相手と目があった。

 ここの歩道橋は巨大だ。

 駅やその周辺の百貨店などを繋ぐため七十メートルほどの長さを持つ。

 歩道橋の上、晋たちの位置から五十メートルほど先の場所に立つ人がいる。

 駅の向かい側に立つ百貨店側に寄った位置だ。

 サラリーマン風の服装だが、体に纏っている雰囲気は一般社会で身につくようなものではない。

 ねばっこく、絡みつくような異質なもの。

 街中を歩けばそれを感じ取った人間が道を譲るような不吉さ。

 その人物が立っている位置も当然、姫流の発生させた植物が生えている。

「先行する!」

「晋! 突っ込み過ぎるなよ!」

「了解……二速!」

 姫流の言葉を背に受けながら晋が足を動かす。

 爆発するかのような勢いで晋の体は前進し、一瞬の内に距離を詰めてしまった。

 四速炎参、その効果は身体能力の向上。

 五十メートルほどであれば問題にならない。

 しかし、相手はまだこちらに気付いていない。

 風もなしに草木が揺れる。

 ちらりと背後に視線を向けると姫流と結乃も歩道橋の上に上がってきていた。

 姫流がサラリーマン風の男を指さしてから、自身の親指を下に向ける。

 攻撃せよとの合図だ。

 苦笑いしつつも了解の意志を伝え、ゆっくりと歩いて相手を拳の射程距離内に捉える。

「……じゃあ、失礼して」

 構え、拳を引く。

 最短距離を行く一撃。

 容赦なしにこちらを認知しない存在への一撃。

「お……!」

 男の体は後方に吹っ飛び、百貨店の自動ドアを突き抜けていく。

 巽がそこに向かって突進し、倒れた男に襲い掛かる。

「毎回思うけど……あんまりいいやり方じゃないよね?」

「馬鹿言え。アタシの能力の利点を生かせばこうなる。それに、そいつらのやろうとしていることを考えれば手段も選べん」

「……晋、これも仕事だから仕方ないよ」

「うん、わかってるけど……」

「ねぇ姫流、これで終わり? 任務の内容って狭間の調査と化生の撃退だよね?」

「あぁ……だからこいつがいるのがイレギュラーだ……ん?」

 結乃の右手薬指の指輪にひびが入る。

 ひびが指輪全体に走り、指輪が砕けると百貨店内で戦っていたはずの巽の体が輪切りにされ、いくつかの塊になって霧散する。

「うわ……巽と契約するの結構大変だったのに」

「言ってる場合か。晋! 来るぞ!」

「いってぇ……認識阻害系かよ……」

 男が立ち上がろうとしている。

 相手が体勢を立て直すよりも先に攻めたいところだが。

(別に刃物を持ってるわけじゃない……そういうのだとは思うけど……発動条件は……)

 考えながらも地面を蹴る。

 小さな水たまりを飛び越えるような気軽さで十メートル以上の距離を詰めた。

 立ち上がろうとする相手のアゴに向かって晋の膝蹴りが飛ぶ。

 感触。

 確かに命中した。

 しかし、両手をクッションにしたらしく撃破には至っていない。

 むしろ膝蹴りの衝撃を利用して一気に立ち上がられた。

「ガキか……こんなところで何してる」

「それはこっちの……!」

 男の平手が晋の頬を襲う。

 パチン、と乾いた音共にやってくる痛み。

 ヒリヒリとした感覚の後にやってくる鋭い痛み。

 頬から何かが流れる。

 汗ではない、血だ。

「……まぁとりあえずそこのお嬢ちゃんから処理していこう。一つずつだ」

「舐めるな」

 一旦晋が下がると姫流の植物が再び広がっていく。

 緑が百貨店内を侵食するのをただ眺めている相手でもない。

 手を振る。

 下から上に向かって振り上げるような動作。

 それに呼応する様に床の上を何かが走る。

 目には見えない力、だがそれが足元の植物たちを蹴散らしているのが分かる。

 一筋の線が緑をかき消しながら姫流へと向かう。

「!」

 思わず、という動きだった。

 晋が足を出し何かが姫流に到達するのを防ぐ。

 と同時、晋の靴に裂け目が発生しそこから赤い血がにじむ。

「これは……」

「そろそろ種が読めたかよ」

 再び男が腕を振る。

 また草を切断する衝撃が近づき、晋の足を削っていく。

「姫流、下がって!」

「……任せるぞ!」

 晋が前進する。

 再びの高速移動。

 距離を詰めると共に放たれる拳。

「!」

 踏み込みと同時に足に痛みが走る。

 しかし晋の拳は相手の腹に吸い込まれるように命中した。

「はは……不完全だな」

 男がまた平手を飛ばすが上体を反らして回避する。

 鼻の頭に切り傷が発生し、また血が流れる。

(……衝撃飛ばすのは分かるけど、射程が読めない……)

 もしも先ほどのように飛ばされていたら自分の頭は両断されていたかもしれない。

 ただ下手に射線を開けて姫流に攻撃が及ぶのも避けたいところだ。

 下手に打ち合わずに好機を狙う。

 そこから一気に押し込んでケリを付ける。

「認識とか感知に反応できるのは稀有な力だ……だが、安定してない」

「……何の話を」

「お前のお友達の話さ……事実、俺の目の前からお前が消えてない。落ち着いてないと能力がうまく使えないか? 宝の持ち腐れだ」

「……てろ」

「あ?」

「言ってろ……!」

 予定変更。

 こいつには痛みをとめどなく与えよう。

 高速の連携。

 嵐のような攻撃を繰り出し続ける。

 が、決着には至らない。

 当たっているが決定打に欠ける。

「速いな……」

 そう呟く男。

 晋の右拳がこめかみを叩き、その体を揺らがせる

 頭が下がる。

 狙うなら今。

 床を蹴り、跳ね上がる足。

 ハイキック。

「だが……これじゃあな」

 当たった。

 しかし、終わりではない。

 上がった晋の足を男が掴んでいる。

「この……」

「友情にお厚いこって」

 掌底。

 晋のみぞおちを打ち抜き、胃の中のものをせりあがらせる。

(切……)

「真っ二つはよしてやるよ……代わりに削ぎ落としてやる」

 腹を押す手に力が込められる。

 手のそこがゆっくりと晋の体を登ろうとする。

 それに伴って晋の服が切れ、その下の皮膚が鋭い痛みを伝える。

「俺たちは……ひとりじゃない」

「あ?」

 男の体が横に弾け飛ぶ。

 意識外からの一撃。

 晋はそれがあると信じていたし、それを感じていた。

「誰が不完全だって?」

「縁檻……禍牛かぎゅう

 吹き飛ばされ、立ち上がろうとする男は自分を攻撃した存在を認識できていない。

 しかし、晋たちの目にははっきりとねじれた角を持つ牛の姿が見える。

 再度の好機。

 詰めるのならば一気にだ。

「……三速」

 晋の体が加速する。

 それに伴って鼓動も早くなる。

(まだ早くなるのか……もっかいカウンター決めてから……)

 違和感。

 男の目が捉える晋の体。

 ギフトと呼ばれる異能力、それを行使するために霊力を扱うものだからこそ持つ目。

 流れが変わっている。

 濃度が濃い。

 右手に集中する霊力。

(不味いな……避けた方が……!)

 無理矢理に床を蹴って跳び退こうとする。

 が、それは叶わない。

 麻痺したように足が固まる。

(足がいかれてんのか……いや、折れても切れてもねぇ)

 禍牛。

 結乃の操る化生のひとつ。

 その効果、不幸・不運という名の呪い。

 顔に到達する晋の拳。

「ギフト……開封オープン

 彼らの操る異能力、ギフト。

 それには開封と呼ばれる技法がある。

 能力の拡張あるいは応用。

 晋の持つギフト、四速炎参は霊力を全身に循環させることで身体能力を向上させる。

 段階をあげるごとに巡る霊力の濃度は濃くなり、速度と身体への負荷が増していく。

 その霊力を体外に放出する。

 高濃度のそれは強烈な一撃へと変じる。

四速炎斬バーナー

 辺りが光に包まれた。

「……はぁ」

 だが、終わりではない。

「ガキと侮ったのが悪かったな。読み違えた」

 霊力によって焼き切られ、男の顔には火傷ができている。

 すんでのところで顔を逸らしたのだろう。

(焦ったな……)

 せめて掴んでから放つべきだった。

 逃げを打たれて勝ちを逃している。

 見せていない手札を切ったのだ。

 その優位性を活かさねばならなかった。

「……今日のところは帰るわ」

「行かせるか」

「帰るよ」

 そう呟くと男は消えた。

 空間に溶け込むように透明になり、そのままに消えてしまったのだ。

「……転移能力じゃないよね」

「それ用の道具でも持ってたんだろ……クソうっとうしい」

「ごめん、やり損ねた。せっかくサポートしてくれたのに」

 晋の謝罪に二人は首を振る。

「アタシも結乃も適切な援護ができてたわけじゃない」

「ん……そっか。姫流」

「なんだ?」

「あんまり気にしないで。俺たちは姫流に助けられてる」

 困ったように微笑む晋。

 その様子に結乃も笑った。

 一方で、言われた姫流自身は不満そうな様子だ。

 眉間に少しシワが寄り、ため息混じりに言葉を吐く

「アタシがあいつの言葉を気にしてるとでも?」

「はは……どうだろう……?」

 はっきりと言葉にするのは避ける。

 彼女を怒らせたい訳では無いのだから。

「それに……そんなことを言ってる場合でもない」

 さよならの森。

 姫流のギフトは範囲内の存在の認知や感知を操作する。

 見えるものを見えないように、見えないものを見えるようにするもの。

 範囲内は彼女の手のひらの上なのだ。

「三時の方向、棚の影。化生だ」

「……予定通り、かな」

 本来三人がここに来たのは調査をするためだ。

 出会ったのは化生ではなく人間だったが。

「分かった」

「待て晋……消耗してるだろ」

「大丈夫だよ、あの棚だよね?」

 ゆ<<っくりと晋が棚に近づく。

 姫流は向こうからこちらが感知できないようにギフトを行使する。

「……ねぇ、ここで合ってるよね?」

「あぁ、どうかしたか?」

「……いなくない?」 

「そんなわけあるか。結乃、見てきてくれるか?」

 あくび混じりに頷いて結乃が歩いていく。

 姫流の能力が効いているのなら問題ない。

 化生慌てて暴れなければ。

「なんだ……ちゃんといるじゃん」

 結乃の指輪が光り、禍牛が隠れていた化生をひき潰した。

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