第2次カリスト防衛戦
新巻へもん
恋路の邪魔もの
俺は傍らの女性の腰に手を回す。先ほどバーで知り合ったマリアンとかいう娘だ。テラス席からは降るような満天の星空が一望できる。エスカルゴのバターソテーと一緒に注文したシャンパンのせいか頬が赤い。きゅっとくびれたウェストとは対照的に圧倒的なボリュームの膨らみが俺のブルーの軍服に当たる。
1週間の特別休暇で命の洗濯をしにこの街を訪れたのは正解だった。1夜の情熱を共にするには理想的な美人とのこれからの展開を考えるとビッグバンを起こしそうだ。少し恥ずかしそうにうつむくマリアンの顎に指をそっと当てて上向かせる。震える睫毛が閉じられた。俺が屈みこんだそのときヴンという波動が俺たちを襲った。
がっしりとした体でマリアンをかばうようにして床に倒れる。100万燭光の強烈なスポットライトが俺たちを照らした。手のひらをかざしながら透かしみる必要は無かった。特徴的な対消滅エンジンの駆動音を響かせて巨大な有人機動ユニットが地面すれすれにアイドリングしている。
怯えるマリアンの髪の毛をなでて落ち着かせると俺は背後に向かって声を張り上げる。
「コノヤロウ。休暇の邪魔をするんじゃねえ。馬に蹴られて死にてえか?!」
ぷつんという音と共にスピーカーから声が漏れる。
「キバヤシ軍曹。たった今から休暇は取り消しだ」
「横暴だぞ。労働安全衛生局に訴えてやる」
「好きなだけ訴えるがいいさ。生きて帰れたらな。レッドアラートトリプルが発動された。予備の席に座ってもらうつもりだったが時間が無いな」
巨大なアームが伸びてくると俺の体をつかむ。抵抗してみたがさすがに人の力でどうこうできる相手じゃなかった。俺はあっけにとられるマリアンに叫ぶ。
「この続きは帰ってき」
急加速が行われ、俺の体が押し付けられる。
くそったれ。俺は何とか息をしようと無理やりに胸郭を動かす。俺にかかるGが下向きであることに気づき心臓が跳ね上がった。俺は両手を顔に巻き付けるようにして耳と目、鼻、口を保護する。10秒、20秒、……。
始まった時と同様に急激に体にかかる圧が減り、機体が何かに触れた衝撃が伝わってきた。もう限界近かったがたっぷり10秒数えてから、口を覆っていた手を外す。俺はあえぎながら息を吸い込んだ。ふう、空気がある。安心したとたんに俺をつかんでいた機動兵器の手が緩んで俺はハンガーデッキの床に落とされた。なんとか足から着地を決める。
「頭から落ちたらどうすんだよ。コノヤロー」
機動兵器のコクピットが開き、ヘルメットをかぶったパイロットが顔を出す。首のところをいじってヘルメットを外すとルビーのような髪がさらりとこぼれた。
「少しはまともになるんじゃないの?」
俺は右腕を振り上げる。
「少尉。さすがにそれはひどいんじゃないですかね。せっかくの休暇をこれから楽しもうって時に邪魔された可哀そうな部下に向かっていうセリフがそれですか。予約してたホテルも無駄ですよ」
「それはお気の毒」
「だいたい、パイロットスーツも来てない人間を宇宙空間に連れて来るなんてどういうつもりなんですか? 対真空圧訓練受けてなかったら今頃鼓膜が破れて目玉が飛び出して死んでるところですよ」
「やーねー。あなたが訓練を受けてることなんて当然知ってるわよ。時間が無いって言ったでしょ。さっさとパイロットスーツに着替えてきなさい」
「ああ。くそ。今日は絶対に仏滅の三隣亡で13日の金曜日に違いねえ。まったく運が悪いや」
「軍曹!」
少尉が何かを指ではじく。くるくると煌めきながら飛んできたそいつを俺は受け止めた。手を開くとそれは直径3センチほどの金貨だった。
「なんすか、これ?」
「幸運のお守りよ。私が入隊した時に父がくれたの。ちゃんと返してよね。そしたらビールをおごるわ」
「え? フラグですか? そうじゃなくても俺だけ帰還できなさそうな流れなのにさらにフラグ立てます?」
ドヒュ。俺の足先5センチにブラスターが着弾する。誰が撃ったかは確認するまでもない。俺は音速でロッカールームに駆け込み40秒で着替えて戻った。愛機アントニオのコクピットに潜り込み、ハーネスのロックをかけながら、全システムの最終チェックを行う。左下のモニターに少尉が写る。
「シュワルツ小隊。各員応答せよ」
「準備よし」
「アイアイ」
「いつでも出れます」
俺も返事をしながら、胸のポケットを叩く。固い金貨の感触を確かめてひとりごちた。
「デートのお誘いか、単なる上官の気遣いか。判断が難しいとこだよな」
ま、悩むのは生き残ってからだ。
俺は機体をカタパルトの上に乗せ、膝を曲げて発進体制をとる。前方のランプがグリーンに変わったと同時に猛烈な加速がかかった。母船から切り離されると同時にメインエンジンに点火しさらに加速を行う。モニターの中央に敵軍の様子がズームアップされた。
宇宙空間にただよう巨大なカタツムリのような異星の母艦が大写しになる。胴に当たる部分から次々と芋虫のような敵の小型兵器が射出されていた。見た目に反して動きは速いし、主砲の直撃はアントニオの装甲を打ち抜くほど強力だ。背後の星の明かりを消すように灰色の染みが広がっていく。
5分後、小隊は敵と交戦距離に入った。俺は操縦桿を捻って機体を右に大きくロールさせる。ビームが機体をかすめて飛び去った。俺の中で怒りが沸き起こる。いつもいつもいいところで邪魔しやがって。トリガーを引き絞りながら叫んだ。
「馬に蹴られて死んじまえ!」
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