ついてねえ

 俺は愛機を操りながら、戦況を確認する。右側の3D戦況モニタの模式図は圧倒的に真っ赤に塗りつぶされていた。宙域の端っこの方の緑色の濃い球は衛星カリスト。俺の可愛い子ちゃんが待っているニューオルレアンを中心とする大切な人類の拠点だ。その手前で点滅を繰り返している数個の青い点は我が方の艦隊だ。


 点滅のたびに赤く広がるもやの片隅がほんのちょっとだけ削れる。切り札のロングレンジ・レールキャノンを使ってこれなのが泣けた。そして、赤い靄の中を飛び回る小さな青い点が俺達ブルーバッカス小隊をはじめとした機動兵器中隊だ。拡大。モニタは俺の声を反映してズームインする。


 開戦早々だというのにもう損害が続出していた。俺は左手の集中コントロールの上のカバーを外してボタンを押す。軽い振動が伝わって、両肩と両脚の装甲版が跳ね上がると小型ミサイルを斉射する。お互いにからみあうように飛んで行ったミサイルは次々と敵の小型兵器に命中した。


 別に俺の腕が良いわけじゃない。周りが敵さんだらけで撃てば当たる。ぶっちゃけ、この芋虫をいくらやってもキリがない。敵の母艦であるカタツムリを沈めないことには勝ち目がないのだった。俺は戦術モニターとメインディスプレーに交互に目を走らせながら隊長機を探す。


 クソ目立つ真っ赤な大型機ドレッドノートを見つけて俺は後方につけた。シモンとグレッグ、キャリーとで三角錐になるように隊長機をカバーする。

「位置に着きました」

「了解」


 ドレッドノートは緩い円弧を描きながらカタツムリへの進路を取った。

「作戦を開始する。後方は任せたわよ」

「アイアイ」

「ラジャー」


 俺は隊長機の斜め後方から近付きつつあったイモムシにレーザーライフルで穴を開けてやった。

「隊長のキュートなお尻はばっちりガードします」

「……頼むわ」


 意外とあっさりとした返事。うーむ。これはひょっとして脈ありか? どっちかというとマリアンみたいなふんわりしたグラマーの方が好みだが、たまには隊長みたいなタイプも悪くねえかな。俺たちは、隊長機をガードしながら敵の堅陣に錐のように突っ込んでいく。


 ほとんどエネルギーが空になるまで撃ちまくって、ようやく、カタツムリの頭の部分をモニター越しにとらえるところまでやってきた。残っているのは隊長と俺、グレッグだけになっている。

「残弾ゼロ。一旦帰投する」

 グレッグの申し訳なさそうな声が聞こえ、俺と隊長機だけになった。


「突入する」

 隊長の声と共にドレッドノートが温存しておいた緊急用バーニアを全開にして前に出た。至近距離から眼柄のような構造物の間にある小型兵器の出撃ゲートに核融合ミサイルをぶちこもうという作戦。


 俺も残りの燃料を大量消費しながら追随し後方から援護する。くそ。レーザーライフルのエネルギーが切れやがった。ドレッドノートの巨大な機体は正面からの攻撃を華麗に避けながら発射ポイントまであと少しとなっている。そこへ俺と隊長機の間に割り込むようにして敵の機動兵器が割り込んだ。


 カブトムシの背中に長大な砲塔をくっつけたような敵の機体は砲塔を隊長機に向けた。俺はスロットルを全開にして突っ込む。肩の装甲からカブトムシに体当たりを敢行した瞬間に砲からエネルギーの塊が吐き出された。アントニオの機体の左肩が爆発して吹き飛ぶ。モニターで隊長機を探すと……、無事だった。


 ドレッドノートの膨らんだ胴体が開かれて、ミサイルが発射される。やったぜ。ぶちかませ。コントロールを失って明後日の方向へと突き進みながら俺は歓声を上げる。数秒後、カタツムリにミサイルが飲み込まれた。しばらく変化が無かったが、殻のあちこちから光と炎が溢れだす。その束はどんどん大きくなっていていきカタツムリは巨大な閃光を放って爆発四散した。


 ディスプレイの入光装置が僅かに働いたがしばらく網膜にその映像が焼き付いてしまった。ようやく視力を回復するとコックピットは賑やかな警告音と赤い警告灯で溢れている。姿勢制御MF故障,火器管制MF,エネルギー残量1%以下。駆動エンジンの一部もやられたらしく、恐ろしいバンシーのようなカウントダウンが響き渡る。


「エンジン自壊まであと70秒……。パイロットは至急脱出してください。緊急射出装置使用準備完了。残り時間60秒、59、58、……」

 俺は目の前のパネルの保護ケースを叩き割るとレバーを思い切り引く。コクピットポッドが射出されて、警告表示が一斉に消えた。


 しばらくすると後方から光と衝撃波が襲ってきてポッドを揺らす。俺は運よく生き残った航宙ディスプレイをのぞく。見なければよかった。ポッドは外宇宙への片道切符で俺を最後の旅行に連れ出そうとしている。ハーネスを外して、エマージェンシーパックをつかむと座席の下からクランクを引っ張り出して壁の穴に突っ込んだ。


 くるくると回してハッチを手動で開けると外に出て、遥か彼方に見える木星に向かってポッドを蹴る。エマージェンシーパックをパイロットスーツにつなぎ、背中のスラスターの噴射を開始する。エネルギー切れになる前に何とか速度を落とし、逆に木星に向かってのろのろと進み始めた。


 時速100キロほど。宇宙空間におけるその速度は相対的に葉の上をカタツムリが這うよりも遅い。木星の軌道に着くまでには立派な即身成仏が出来上がっているだろう。可愛いあの娘も皺くちゃ婆さんだ。敵を引き寄せるリスクもあったが発光信号のスイッチを押した。


 緊急パックは1週間分のパイロットの命は保証する。食料・水・必要な電力。しかし、それは緩慢な死刑執行に他ならなかった。頭をぶち抜くブラスターは脱出のどさくさで失くしてしまい、人生にけりをつけることもままならない。最初に発光信号が消えて、細々と食いつないできた食料がなくなり、電力が切れた。これでしょんべんの再生処理もできなくなる。


 俺の機体がロストしたのは把握してるだろうが、この広い宇宙で俺を探すのはどだい無理な話だった。朦朧とする意識を向けると、星が俺を呼んでいた。ふと思い出し、胸のポケットの金貨を取り出す。遥か彼方の太陽の光を受けて金貨は光り輝いた。俺は霞む目で金貨を動かし、彫られた文字を読もうとする。

『God save the Queen』


 俺は最後の力で未知の存在に呼びかける。なあ、神様よ。俺もついでに救ってくれや。やっぱ、救うなら女がいいか……。ま、そうだな。俺でもそうする。そして、俺の意識はそこで途切れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る