第15話 石造りの巨人

「……強化が甘かったのね。今、治すわ。……もう少し頑張りなさい」


 ファリレはシャノンの腕に手を添えて、意識を集中させるように瞳を閉じた。何度か深く息をして、呼吸を整える。少しして、シャノンの腕を白い光が覆った。徐々に腕が元の形に戻り、傷口が塞がっていく。二分ほどそれを続けて、ようやく元と同じ状態まで治った。全身にも同様のことを行う。


「どう? もう動くでしょう?」


 怯えながら小さく腕を動かしていたシャノンだが、大丈夫そうな感じを得て少し乱暴に動かしてみる。痛みはまったくない。先ほどの大怪我が嘘のようだ。


「すごい! ファリレすごいよ!」


「当たり前、でしょう……」


 気丈に振る舞うファリレだが、その表情には疲労が色濃く浮かんでいた。


 回復魔法は繊細な魔力操作が要求される上に、他人の身体に干渉する魔法だ。その分、集中力を要求され、精神力を削り取られる。特に魔力操作が苦手なファリレにとって、その作業は負担が大きい。


 身体を治すことができる回復魔法だが、魔力のコントロールを誤れば逆に破壊してしまうこともあるのだ。難易度の高い魔法だった。


 不安を浮かべて覗き込むシャノンに、ファリレは強気な笑みを浮かべて見せる。


「大丈夫よ。少し疲れただけだもの。――それより、さっきの雑な強化と攻撃は何なのかしら? 怪我したら治すとは言ったけれど、怪我しろとは言ってないわ。どうして少しずつ試そうとしないのよ。死んだら本当に治らないのだからね!」


「うん。ごめん……」


 言ってから、シャノンは思わず口元を緩めた。


「何笑ってるのかしら? 本当に反省しているの?」


「あ、ごめん。何かさ、本当に心配してくれてるんだなって思って。そしたら、嬉しくなっちゃって」


 恥ずかしげもなく本心を口にして微笑むシャノン。ファリレはカッと頬を赤くして、顔を逸らした。


「ば、馬鹿なのかしら!? 別に心配なんてしてないわよ。た、ただ、こんなところで死なれたら…………ま、魔王を倒しにいけないじゃない!」


「うん。ありがとう」


「だ、だから! 心配なんかしてないわよ!」


「うん。だから、ありがとう」


「ああ、もう!」


 ファリレは唇を尖らせ、シャノンを睨みつける。だが、それでも微笑み続けるシャノンを見て、諦めたように息を吐き出し、肩の力を抜いた。


「……好きにしなさいよ」


 奥に進むにつれて醜鬼の数は多くなっていった。単独行動する個体はもはやおらず、必ず三体以上で現れる。


 まだ強化魔法に不慣れなのと、先ほどのように自爆しても困るため、醜鬼との戦闘は魔力弾で対応することになった。それとは別に戦闘外で強化魔法の練習を行った。最初はやはり先ほどの出来事が脳裏をよぎり、魔力操作をうまく行えなかった。だが、それも徐々になくなっていった。今では全身強化で通常の二倍程度の速度で移動することが安定してできるようになった。


 二人は順調に奥に進み、拓けた場所に出た。その先に小さな部屋があり、岩に剣が突き立っているのが見える。


「あれが剣のようね」


「これでついに一人で魔法を使えるようになるんだね」


「……そうね」


 心なしか張りのない声に、シャノンが口端を吊り上げる。


「もっと手を繋いでたかった?」


「なっ、そ、そんなわけ――」


「剣を手に入れても、毎日手を繋ごうね」


「っ――」


 頬を赤くして何か言いかけたファリレだが、すぐにその表情が引き締まる。双眸が鋭く向いた先には何もない。


 だが、次の瞬間には土が盛り上がり、人型を形成し始めた。


「お出ましのようよ」


 土は二人の背丈の三倍以上に膨らんだ。二足で立ち、二腕を振り上げる。頭には宝石のような光を放った赤が二つ。


「これが石造りの巨人……」


 それが現れると同時、剣のある部屋への通路が、両側から盛り上がった土によって塞がれた。剣を取りに来た者を撃退するための罠。これを倒さなければ、剣を手に入れることはできない。


「私は一切、手を出さないから、お前の力だけで頑張りなさい。魔力は好きなだけ使って構わないわ」


「じゃあ、早速――先制攻撃!」


 シャノンはファリレの手を握り、右手を銃の形に構える。そして、頭部目掛けて魔力弾を発射した。


 石造りの巨人が防ぐ間もなく直撃する。だが、頭部が破壊されることはなかった。当たった瞬間に魔力弾の方が破裂し、青い粒子となって霧散したのだ。


「なっ――」


 驚愕に染まるシャノンだが、ファリレは至って冷静だった。


「石造りの巨人は土を魔力で練って作られているのよ。当然、その身体はただの土塊ではなく、強化されているわ。半端な攻撃じゃ防がれるわよ」


「先に言ってよ……」


 シャノンは再び構えると、今度は連射した。一〇発ほどぶつけても効果がないのを見て、より多くの魔力を注ぎ、圧縮を始める。ここに来てようやく拳大まで縮めることができ、シャノンは満を期して発射した。破壊力に特化させたせいで速度はあまり出ていないが、それでも石造りの巨人が避けられない程度には速い。


 その魔力弾に対して、石造りの巨人が取った行動は至ってシンプルだった。拳を握り、振りかぶる。ただの右ストレート。


 拳と魔力弾が衝突し、一瞬の均衡を見せる。だが、すぐに魔力弾が放射状に飛び散った。


 シャノンは言葉をなくし、右腕をぶらりと垂れ下げた。先ほどのが今のシャノンに許容できる最大の魔力量、圧縮だった。これ以上魔力を込めれば、先日のように熱に身体をやられる。つまり、打つ手がなくなった。


 横を見やるも、ファリレは肩をすくめるだけだ。本当に手を出すつもりはないらしい。


 石造りの巨人は現れた場所から動く気配はなく、まるで石像のように静止している。シャノンが一歩踏み出すとそれに反応するので、この場に留まる限りは襲ってくることはないようだった。


 考える時間は十分にある。


 だが、シャノンが他にできることといえば、強化の魔法くらいだ。それで勝てるとは到底思えない。魔力弾と強化魔法の両方を会得したのだから、十分な収穫だ。ここは一旦諦めて帰るべきか。欲張って命を落としたのでは元も子もない。それはファリレも言っていたことだ。


 シャノンが退却をほのめかそうとしたとき、まるで図ったかのようにファリレが口を開いた。


「地を水でこねて人が出来上がり、火に焼かれて灰となり、風によって運ばれて、素は再び地に戻る」


「え? なに?」


「人類の成り立ちじゃない」


「そういう話は聞いたことあるけど、それがどうしたの?」


「石造りの巨人も同じ原理で作られているでしょう。あれはかつて、愚かな人間が創造主の真似事をして生み出した魔族なのよ。まったく、下等種族ごときが勘違いも甚だしいわ」


 シャノンはファリレの言葉の意味することに考えを巡らせる。だが、言いたいことがまったく分からない。


「火で焼けばいいってこと? けど、火属性の適正ないって知ってるでしょ?」


「…………人を模して作っているのだから、人と同じ弱点を持っているでしょう?」


「だから、火は使えな――」


 言葉の途中で、ファリレは握っていた手を捻り、シャノンの伸びた肘に手を当てた。そして、少しだけ押し込む。


「痛い! 痛いから!」


 何度目かの懇願で解放された直後、今度はファリレの拳がシャノンを襲う。それは何とか手のひらで受け止めることができた。


「ねえ、急に何なの? 殺そうとしてる?」


「だから! 肉体強化して石造りの巨人の関節を狙えばいいでしょって言ってるのが分からないのかしら?」


「分かんないよ! 何で急にナゾナゾ出し始めちゃうの?」


「それは――」


 ファリレは言い淀み、顔を背ける。なお追求するシャノンを濡れた瞳で睨みつけて、たどたどしく言った。


「だ、だって……手を貸さないって、言ったもの……」


 それでようやくシャノンは理解した。

『私は一切、手を出さないから、お前の力だけで頑張りなさい』


 ファリレはその言葉を忠実に守るために、わざと遠回しに分かり難く言ったのだ。答えを教えるのは駄目だが、ヒントくらいならいいと思ったのだろう。


 誰も見ていないし、そもそも守る必要のないことなのだから、破ればいいものを。


 それにしても、ヒントが分かり難い。


 ただ、素直になれない不器用な彼女なりの、精一杯の優しさだと思えば、シャノンはそれを嬉しく思った。

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