雷に打たれたような恋について(物理的に)

怪人X

雷に打たれたような恋について(物理的に)


 恋に落ちる時、まるで電気が走ったようにビビッと来る。……という話を聞いたことはあるだろうか。曰く、それは運命の人を示すものであり、出会った瞬間にわかるものだと。

「ヴォルカ様、わたくしと結婚してくださいませ」

 真っ白で雪のような肌を淡い薔薇色に染め、亜麻色の甘やかな髪を揺らし、整ったかんばせに砂糖菓子のような微笑みを浮かべ、淑女として満点の美しい所作をする。

 彼女は深窓の令嬢と名高い公爵家の一人娘で、少なくとも子爵家の三男などという何の旨みもないこの僕が関わることなど、本来なら一生ない筈の方だった。

 それが何の間違いか、これである。

「…………む」

「む?」

「無理です!!!!」

 だから社交辞令も何もかもかなぐり捨てて脱兎の如く逃げ出した僕のことは、どうか仕方ないと許して欲しい。





 事の発端は三日前、貴族の社交シーズンに伴い兄に王都に連れて来られたことにはじまる。

 僕は極度の人見知りで、実家の子爵家に引きこもっていた。普通は学校に通わなければいけないところを自分の部屋で必死に籠城し、最終的に学校に行かなくてもとんでもなく優秀であるということを示すことで免除された、本気の引きこもりだ。文句を言われないように仕事もきっちりしていて、家に多額のお金も入れている。

 そういったわけで生まれてから二十年、僕は平和に引きこもっていた。

 けれど二十歳にもなって婚約者もいない、浮いた話の一つもない僕のことを兄二人はとても心配した。その結果が今回の強制連行だ。

「ヴォル兄もヴィ兄もひどいです……」

 二人の兄は既に結婚している。だから今回は本当に僕の為だけに王都に婚活に来たわけだ。寝ている僕を簀巻きにして、魔力封じの腕輪をつけて。

「ははは、簀巻きのルカも可愛いなあ!」

「ヴォル兄さん、笑いすぎだよ。ルカは可愛いけど」

「……」

 僕の顔立ちは、普通だ。本当に。

 けれど兄二人は僕を百倍かっこよくしたような見目麗しい姿をしている。だというのに何故か二人とも僕をやたらと可愛がってくる。末っ子だからだろうか。でも二十歳の男に可愛いはないと思う。

 ヴォル兄、ヴォルディス兄は子爵家の後継で、一番上の兄。ヴィ兄、ヴィント兄は二番目の兄で、騎士としてなんか結構出世しているらしい。

「ま、もう王都に着いたんだから諦めろ。あ、でも魔力封じは社交シーズン終わるまで外してやらないからな」

「嘘でしょヴォル兄」

「だって外したらお前帰るだろ」

「帰ります」

「だからだーめ」

 魔力封じの腕輪は自分では外せない。誰かに外してもらわなければいけない。人見知りの僕には外すことは不可能も同然だ。

「あとね、ルカ。少しでも他人に慣れるように、夕方までここには帰ってこないで王都を散策しておいで」

「嘘でしょヴィ兄」

「夕食の時間になったら、家に入れてあげるからね」

「まだ昼を過ぎたばかりですよ?昼食さえまだで」

「うん。外で食べておいで」

 はい、と渡されたお金。

 僕が茫然としている間に着替えさせられ身なりを整えられると、ぽいっと外へ投げ出された。

 簀巻きから解放されたと思ったら引きこもりを外界へ放るこの仕打ち。兄二人は鬼だ。


「うう……」

 お腹が空いた。朝食は移動中だったこともあって簡素なものだったし、お昼はもう過ぎている。けれどどこかのお店に入って食べるなんて以ての外だし、その場で食べられるパンや軽食を買おうにも他人とは話さなければならない。こうしてただ歩いているだけでも人混みに酔って大変なのに、そんなことが出来るはずがない。

 よろよろと裏道に入り、壁に寄りかかって座る。もはやこのまま岩のように動かずに夕方まで空腹に耐えるしか。そうだ、寝よう。

 目を閉じると真っ暗闇になって、少し安心する。

「あの、大丈夫ですか?」

「……」

「具合が悪いのでしょうか」

「お嬢様、お嬢様が気にされなくても」

「でも、具合の悪い方を放ってはおけないわ」

 側でそんな会話が聞こえるが、無視していいだろうか。

「お嬢様!」

 咎めるような心配するような声がすると同時に、額にそっと手を当てられた。少しひんやりとした、柔らかい手だった。思わずびくりと体を固めてしまう。

「熱はないかしら……」

「お嬢様、おやめください!人を呼びましょう。そうして、病院なりに運んでもらえばいいのです」

「でも、事情がある方なのかもしれないわ。身なりは整っていらっしゃるし」

 お嬢様、警戒心はまるでないみたいだけど、良い人のようだな。とはいえ話せるかといえば別問題だから、狸寝入り続行だけれど。

「社交シーズンに合わせて、最近裏道にならず者が出ると聞くわ。あなたは騎士を呼んできてくれる?ここからなら、すぐそこだから。従兄弟がいるはずだから、その方なら事情を察して対処してくれるわ」

「ですが、お嬢様」

「大丈夫よ。五分もかからないでしょう?いざとなったら結界を張るわ」

「……わかりました!すぐ戻ってきますから、ぜっっっったいにそこを動かないでくださいね!」

 まさかのお嬢様居残り。いや、侍女かメイドか護衛かはわからないけど、そこは頑張ってお嬢様を説得しようよ。

 しかしこのお嬢様、だいぶ我が強いな。声音は穏やかだし口調も優しいけど、譲る気はまったくなかった。それでいて鈴の音が鳴るような静謐な雰囲気の声だから、走って騎士を呼びに行った女の人も反抗心はないのだろう。

 お嬢様は喋る相手がいなくなったら、まったく喋らなくなった。僕の隣に座ったという気配はしたけれど、視線はもう感じない。寝たふりをしていることに、もしかしたら気付いているのかもしれない。

 しかしなあ、こういう時って大体噂をしたならず者が来るんだよなあ。お嬢様は結界を張るって言っていたけど、複数人に集中的に攻撃されれば、結界の破壊は実はそう難しくはない。

 ならず者たちの下卑た声とお嬢様の苦痛そうな声を聞いて、もうこれは狸寝入りの限界だろうかと腹をくくる。あと三十秒も、結界は保たないだろう。

 流石にここまでして守ってもらったお嬢様を危険に晒すほど僕は情けなくはない……はずだし、僕自身痛いのも面倒なことも嫌だ。となると仕方ない。お嬢様とどうにか話さなければ。

 お嬢様は兄、お嬢様は兄、お嬢様は兄、兄、兄…………

 よし!!


「ねえ」

「っ?!」

 突然目を開けた僕にお嬢様(兄)は驚いたらしく、息を飲んだ。

「これ外してくれません?なんとかするので」

「魔力封じの腕輪、ですか?」

「早く!」

「は、はいっ」

 お嬢様(兄)に腕輪を外してもらう。ようやく解放された魔力は喜んで身体中を巡る。

 僕の一番得意な魔法。それが雷魔法だ。バリバリと電気を巡らせれば、ならず者たちはあっさりと気絶する。

 こうして悪は滅んだのだった。……あっ魔力使ったら空腹がやばい。

「あの」

「うわあああ!!!??」

 どかーん、と。まあそれはすごい音がした。

 現実逃避をしていいだろうか。

 色白で亜麻色の髪のめちゃくちゃ儚げな美人が気絶している。気絶していても美人ってどういうことだろう。やばい。これはやばい。

 お嬢様を兄だと思う暗示など所詮諸刃の剣。突然現れた美人すぎる生物に驚きすぎて雷魔法をくらわせたのは本当に仕方のないことだった。仕方のないことだったと思わせて欲しい。

「お嬢様ー!?」

 遠くから声が聞こえて、とにかく僕は逃げた。





 で、そのお嬢様こそが深窓の令嬢。びっくりするくらい美人の公爵令嬢、セレフィア・リーン様だった。

 三日後、まさかのパーティー会場での再会の途端に、まさかまさかの求婚。しかもご令嬢から。どうなっているんだ。

 そして逃げた僕は屋根の上にいる。庭やバルコニーではすぐに見つかりそうだし、勝手に帰ったら兄が怖すぎる。

「はあ……引きこもりたい……」

「まあ、そうなんですの?」

「ええ、そうなんです……よ……?」

 ここは屋根の上だ。もちろん、梯子などもない。僕は風魔法で飛んで上がったわけだから。

 にっこり。たいへん可愛らしい笑顔で、お嬢様が隣に座っていた。

「な、ぜ、ここに」

「もちろん、追いかけてまいりました。一目惚れをした殿方ですもの」

「勘違い、では」

 すごい、他人と一応喋れている。カタコトだけど。得体の知れない公爵令嬢に気圧されている感じはある。

「いいえ、勘違いではありませんわ。運命のお相手にようやく会えたのです」

「それは、どういう」

「あなたとお会いした時、まるで雷に打たれたように、ビビッと感じました。あなたがわたくしの運命のお方だと」

 いや、事実雷に打たれているから。

「勘違いだと、思います……」

「勘違いではありませんわ」

「いえ、僕何の取り柄もないですし……顔立ちも良くないので……」

「小動物の、リスのような顔立ちでたいへん愛らしいですわ。わたくしと結婚してくださいませ」

「それはちょっと……」

「一生引きこもっていられるように、抜かりなく手配いたしますわ」

「……」

「まあ。少し迷いましたね」

 くすくすと愛らしい声でお嬢様が笑う。これまでの淑女としての微笑みではなく、ぽろりと素が出たかのような可憐な笑みは、僕だけではなく誰が目にしたってどきりとするだろう。

「と、とにかく。ビビッと来たのは事実雷に打たれたからでしょう」

「いいえ。わたくし、眠ったふりをしていらっしゃるあなたを見かけた時から、ビビッと来ておりました。寝顔、愛らしかったです。はしたなくも、口付けてしまいたい衝動に駆られて、必死に視線を逸らしておりました」

「くちっ……ええ、!?」

「お慕いしております。ヴォルカ様」

「む」

「む?」

「無理です!!!!」

 びゅん、とそれはもう素早く逃げた。もうすごすごと屋敷に帰って兄に怒られる所存だ。

 だってただでさえ人見知りで女性に対する免疫などあるはずもないのに、あんなとびきりの美人に一途すぎる好意を真っ直ぐに向けられたら、それはもう真っ赤になって動揺してしまう。

 大体出会った時に彼女に雷魔法をくらわせてしまったのだって、いきなり目に飛び込んできた好みドストライクな女性にびっくりして、というのも要因の一つだ。つまり、彼女はとても可愛いと思う。タイプだ。でも自分がこんなだから、どうにかなることなどないと思っていたのに。





 まあこの後、結局策士なお嬢様に気付いたら外堀を全部埋められて、逃げ道はすべて断たれて、正面から真っ直ぐな好意を向けられて。観念して逃げ回るのをやめるのに、半年も掛からなかった。

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