ベルフラワー
言葉の代わりに手にした楽器で、あるいは自身の声で、旋律を奏でる人々がいた。長い旅の途中で、彼らはいっときの安らぎを、私に感じさせてくれた。
言葉というものは私たちの中から湧き出てくるようでいて、実はそうではない。私たちの中から湧き出てくるのは言葉にはなりきらない何事かであり、それを表に出すために、私たちは絶えず、それらを言葉という包装で、しっかり固めてやらなくてはいけないのだ。私たちは無意識でそれを行い、且つ、包装する気にならない、若しくは出来なかった事どもを飲み込み、なかったことにし続けている。腹は膨れ、喉は焼け、舌は絶えずひくひくと動き続けている。
言葉を使わない彼らの中で、私は自らの、そういう状態に気がついた。詰まるところ、私は言葉というものに疲弊していたのだ。
彼らは人の形をした鳥だったと、言えなくもない。彼らの奏でる曲には感情が乗せられており、それは言葉よりも率直に、その人の思いを伝えた。曲の種類自体は私たちの使う言葉ほどある訳ではなかったが、演奏の仕方によって、微妙な感情のヒダを表現出来るようだった。私たちが細分化させた言葉の間隙に落ち込んで、最早取り出す術すら失ってしまった細やかなものたちを、彼らはいとも容易くやり取りし合っていた。ただの異邦人である私は、羨ましい気持ちで、その交響を眺めたものだ。
短い滞在の中で、私は彼らに楽器を習った。それまで楽器など触ったこともなかったのだが、彼らが贈ってくれたこの小笛は、今や私の宝物になっている。
そうだ、ここまで私の話を聞いてくれたお礼に、彼らに教わった旋律を演奏して見せよう。さあ、短いから、よく聴いていて欲しい。
これが、彼らの間の感謝の言葉、「ありがとう」の曲だ。
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