フクシア

 外で落ち合う場所としてよく選ぶ喫茶店の、陽当たりのよいテラス席で、天使がいつになくそわそわした様子で俺を見つめている。太陽の黄金色をそのまま移したような髪の毛を透かして、抜ける青空のような瞳が、ぱたぱたと瞬く。どうしたんだ、と促してやりたい気持ちを抑え、俺は愛しい相手が自ら口を開くのを待った。

「あ、あのな……」

 ようやく、その桃色の唇が開いた。

「お前と歩いていると、色んな人間が、その……お前のことを見るだろう」

「……あ?」

 一体、何の話かと思ったが、ひとつ思い当たることがあった。この間、一緒に街を歩いていたとき、周囲の人間が俺に注目していることに、天使が気がついたのだ。

 人間に要らぬ感情を与えないために印象を薄められるのが天使なら、悪魔はその逆、常に人間を魅了し堕落の道に誘うために、存在感が強いのだ。あのとき、目の前の美しい天使は、周囲の視線を遮るように、俺の腕を強く抱きしめて離さなかった。

 そのときの幸福な気持ちが微かに頭の端を痺れさせるのを感じて、俺は首を振った。天使が真剣に話そうとしてくれているのに、ぼうっとしていてはいけない。

「そうだな、そういうこともある」

 俺が頷くと、天使は少しだけ俯いてしまった。

「その、な……。前に覚えた、やきもち、という感情が、最近抑えられなくて……」

「…………へえ」

 相手の頬が朱に染まるのを見て、俺は呆けた声を出した。俺のために、本来なら守るべき人間たちに嫉妬を覚えて止められないなどと。

 天使は思い切ったように顔を上げ、懐から小さな箱を取り出した。

「天使サマ、それは?」

「イヤリングだよ」

 箱を開けると、そこには華奢なフォルムの羽根モチーフが付いた、シルバーのイヤリングがあった。昼の光に照らされ、繊細な羽根が清浄な美しさを放っている。

「お揃いなんだ。着けてくれるだろう」

 言いながら自分の左耳に輝く装飾品を指す天使に、俺はうまく働かない頭で頷いた。

「当然だ。俺とお前は一対の羽根なんだから」

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