マダガスカルジャスミン

 貴方とならどんな遠くにでも行ける、と彼女は言った。そして、こんな所に二人で掴める幸せはない、とも。

 だから私は、勤め先の薬局から、危険指定されている劇薬を持ち帰って来た。静かな雨の降る夜、暗い部屋で向かい合い、これから旅立つ場所について好き勝手なことを話した。

 多分、とても綺麗な所だよ、と彼女は言う。地面はピンク色の雲で、ちぎって食べることもできるし、その上で眠ることもできる。絶えず良い音楽が流れていて、住人はみんな幸せそうに微笑んでいて、そして私たちのことなど誰も気にしないだろう、と。

 そうだね、きっとそうだよ、と私は頷く。私と彼女が手を繋いでいようがキスしていようが、きっと誰も気にしない所だよ。

 そうやってひとしきり想像し合ってから、いざ薬瓶に手を掛けようとしたときだった。彼女が、昔、二人で行った旅行のアルバムを見てからにしようと言い出した。

 ほら、旅行って久しぶりじゃん、と彼女は言う。アルバムを見てイメージつけとかなきゃ、向こうで合流できないかも。

 そうして開いたアルバムに、二人分の滴がぽたぽたと落ちた。アルバムの中の私たちは、手を繋いでポーズをとり、キスをして笑い合っていた。観光名所でもなんでもない場所で、通行人に声をかけて、カメラを渡して。

 彼女は顔をくしゃくしゃにして、私の手を握った。

 ごめん、と、か細い声が耳に届く。

 旅行ってさ、行って、帰ってくるまでのことを言うもんだよね。帰れないんなら、それは旅行じゃないよね。

 うん、と、私も泣きながら頷いた。

 薬瓶は翌朝、そっと勤め先に戻した。帰り道、合流した彼女と共に、書店の旅行コーナーに立ち寄った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る