スイートピー
私たちは今日、《学校》を卒業する。空は抜けるように青く、グラウンドは半ば薄ピンクに染まっている。風は春の匂いを運び、私たちの胸に、過ぎ去った日々への慕情を思い起こさせる。
「この式が終われば、あなた方は社会に出て行かねばなりません。知っての通り、現実の社会は、こことは全く違います」
私たちの《担任》は、壇上から私たちを見下ろして、最後の式辞を述べ始めた。
そう、現実の社会は、こことは全く違う。私たちはこの《学校》で、今まで長い間、そこでの生き抜き方を学んできたのだ。
現実の社会の空は、大気汚染によって常に赤黒く重く、化学物質の混じった灰色の雨を毎日降らせ続けている。大地と呼べるものは殆ど見えず、人々は乏しい資源を分け合うようにして細々と暮らし、《学校》に通うごくごく少数の若者たちに、一縷の望みを懸けて生きている。
「この式が終われば、あなた方は頭のVRセットを外すことになります。これまで長いこと、この恵まれた
《担任》は、一段と声を張り上げた。見事に合成された音声が、静かに私たちの心に染みる。
「落胆するでしょう、絶望するでしょう。しかし、あなた方は、この世界を変えるだけの力を持っています。今や殆どの人間が得ることのできない、知識という力を。あなた方は特別です。現実があなた方を襲っても、あなた方はそれに立ち向かうことができるのですから。……ですから、美しいこの世界から踏み出すことを、どうか恐れないでください。この世界……《学校》は、ただの理想郷ではありません。あなた方がいつか取り戻すべき、あるべき世界なのです」
《担任》はそして、完全に沈黙した。私たちにとって、新たな門出の瞬間が、今、来たのだ。しんと静まり返った綺麗な体育館を、周りの仲間の顔を、最後にもう一度だけ確認する。
そうして私は、頭の上の機械に手を掛けた。
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