ブルーレースフラワー

 王子様。

 不躾にも、突然このようなお手紙を差し上げますことをお許しください。貴方様ならきっと、読まずに破るような真似などなさらないことと、わたくしは信じております。

 あの日、砂浜に倒れ伏し、声も出せないわたくしを助け、お世話までしてくださった貴方様へのご恩は忘れません。身元も分からない女を王宮に匿ってくださるなんて、未だに信じられない思いです。

 貴方様は、わたくしが嘗ての思い人と似ているのだと仰いましたね。嘗て、ほんの僅かの間、側にいたその女性とわたくしの面影が重なるのだと。わたくしはそれを聞いたとき、自らの心の汚さを恥じました。これで貴方様の愛はわたくしに注がれるものと、一瞬でも思ってしまったからです。他の方への愛を、わたくしのものとしてしまおうなどと、なんて汚い心持ちでしょう。

 貴方様はお気づきでいらっしゃいませんでしょうから、この場をお借りして申し上げます。わたくしは、嘗て嵐の夜に貴方様の命をお救い申した、人魚の姫でございます。しかし貴方様は、そんなことには気が付かないまま、わたくしのことをかわいがってくださいました。まるで妹のように。わたくしも、それで満足するべきでございましたのに……。

 貴方様の思い人が実は貴方様の許嫁でいらっしゃったことが分かり、瞬く間に結婚の日取りまでもが決まっていったとき、わたくしの心は海の底よりも暗くなりました。貴方様の愛を掴み取れないまま泡となって消えるか、貴方様のお命を頂戴するか……しかしそんなことは、貴方様の幸福そうな顔を見ているうちに、どうでも良くなったのです。

 わたくしの幸せは、貴方様が幸せでいらっしゃること。

 貴方様が幸せでいらっしゃるのを見ながら海に還ることができるのなら、それが何よりの幸せではないでしょうか。

 ですから、さようなら。最後まで貴方様に、わたくしの自慢の声をお聞かせできなかったのが唯一の心残りではございますが、貴方様が海をご覧になる時に、どうか耳を澄ませてくださいませ。きっと、そのさざめきの中に、わたくしが貴方様を呼ぶ声も聞こえるでしょうから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る