ハナビシソウ
壮絶な遺産争いの果てに、五人いた富豪の子供たちは二人になり、そのうち一人は私によって殺人と殺人教唆の罪を暴かれ、逮捕されていった。残った一人の娘はまだ若く、辛すぎる場面を幾つも目の当たりにしたことで、表情は暗い。
「探偵さん」と、彼女は澄んだ声で私に呼びかける。
「事件は解決しましたが、ひとつ、大きな謎が残っていますね」
彼女のいう謎とは、富豪が遺した言葉……「見果てぬ黄金の夢」のことだろう。たしかに遺産の総額はとてつもない額で、それを指したものとも考えられるが……しかし、そんな謎めいた言い方をする必要があったのか、というのが、未だに私の頭を悩ませているのだった。
「ひょっとしたら、と思ったことがあるんです。それを確かめに、私と一緒に来てくれませんか」
私と娘は何本も電車を乗り継いで、都会から遠く離れた山間の村にたどり着いた。のんびりとした空気が、春の穏やかな日差しとともに心を和ませる。娘が昔の地図を広げながら歩くのについて行くと、途端、目の前に黄金の原が広がった。背丈の高いオレンジ色の花々が、古びた空き家の裏手一面に群生しているのだった。
「やっぱり……。探偵さん、これが『黄金の夢』です。父が私たち兄弟に遺してくれた、思い出の風景……」
娘は瞳を潤ませて、富豪になる前の富豪がこの村で、随分昔に亡くなった彼女の御母堂と睦まじく暮らしていたらしい、と話してくれた。
「父はよく、私たち兄弟の記憶にほとんど残っていない母の話をしてくれました。長じてからはあまり仲良くできなかった私たちの、共通の思い出といえば、ここしかありません。父は……」
娘は言葉に詰まり、風にそよぐ黄金の花々を見つめた。その瞳には、前途へ向かう光の兆しが、確かに差し始めていた。
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