アルメリア
カウンセリングの基本は傾聴だ。相談に来た相手の話を、悩みをまずはしっかり聴いて、その感情を肯定することが、相手との信頼関係を築く上でも、相手の相談を理解する上でも重要となる。
「だからあんなお供物じゃあ、お腹が満たされないんですよ……なのに近頃はゴミが増えるからお供物は持って帰るのがマナーだとか、人間たちは勝手な理屈をこねましてね」
「なるほど、つまりお供物の量が足りない、と」
私が頷きながら書き込んだカルテを、相談者がじっと見つめているのが分かる。
「何か……?」
「いやあ、先生のそのペンのインク、旨そうな匂いがしますな」
見る間に相談者の口元から涎が垂れ、椅子の下に粘着質の水溜りができる。
「ははは。これは私の大切な道具ですから、食べられちゃ困ります」
努めて普通に対応しながら、ペンを握る手に思わず力が入る。獣の口臭がマスク越しにも感じられて、正直に言えば逃げ出したいくらいに怖い。しかし相談者は私の言葉に大きく頷いて、それじゃまた来ます、と椅子から降りた。
「ストレスは溜めないようにしてくださいね。お大事に」
相談者はのそのそと歩き、一礼して立ち去った。
「先生のペンの一大事でしたね」
カーテンの仕切りから顔を出した看護師姿のカンザシさんが笑う。その花のような笑顔に苦笑いを返して、私はカルテを引き出しにしまう。開院して間もないのに、もう三冊目が埋まりそうだ。
「いやはや。ペンさえ食べたくなるほど、飢えてたってことなんだろうなあ」
「ふふふ。さっきの狐さんは我慢強いので有名ですからね。私なら、そんなに飢えていたら……」
カンザシさんが、私の首筋に手を添える。ぞくりとして身を引くと、彼女は綺麗な眼でくつくつと笑った。
「先生の方が、余程ペンより美味しいと思いますわ」
「私がいなくなったら、せっかく作った病院が無駄になるよ」
「それもそうですわねえ」
カンザシさんは上品に笑うが、その視線は、なかなか私の首筋から離れなかった。
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