ワスレナグサ

 鏡が割れた。そのとき、私はそう感じた。

 五歳の誕生日の夜、私はミオちゃんと二人で、こっそり家の屋根に登って星を見ていた。顔も背丈も髪型も服装も、何もかも私と同じミオちゃんは、私が戯れに欲しがった星を取る真似をして、落ちてしまったのだ。

「ノハラちゃん、また髪の毛ぼさぼさだよ? 手鏡、貸したげよっか」

 理科の時間に星座の学習をして、そのまま資料集を眺めてぼーっとしてしまっていたらしい。友人の言葉に我に返って、彼女が手鏡を取り出そうとするのを慌てて止める。

「え? あ、そっか。ノハラちゃん、鏡恐怖症なんだっけ」

「……変でごめん」

 頭を下げると、友人は笑う。確かに変わってるよね、という言葉に、苦笑いを返す。鏡が怖いばかりに身だしなみを整えるのが不得手なんて、変わってるとしか言いようがないだろう。

「あ、そうだノハラちゃん、明日、誕生日でしょ。プレゼント何が欲しい?」

「え、覚えててくれたの。なんでも嬉しいよ」

 返事をしながら、半ば無意識的に避けていた単語に、自分でも意外なほどの衝撃を受けていた。

 誕生日。明日は、ミオちゃんがいなくなってから十一回目の、私たちの誕生日だ。

 その晩、私は、もうずっと布を垂らして隠し続けていた姿見の前に立った。もう、十一年だ。いい加減、見ても良いんじゃないか。五歳の頃から確実に成長した、自分自身の姿を。人に写された写真でさえ視界に入れないで生きてきたけれど、このまま一生、鏡を見ずに生きていくことなんて。

 時計の針が、十二時を指した。

 私は花柄の可愛い布切れに手を伸ばし、そのまま動けなくなった。時計の秒針の音が、止まらない。

 私は十六歳になった。ミオちゃんは五歳のままだ。もうずっと、彼女は五歳のままなのだ。

 その場にうずくまって膝を抱えた私は、ミオちゃんの笑顔を思い浮かべながら、憎むべき朝日が差し込んでくるのを、今回もまた、止められなかった。

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