フリージア(白)

 小さなアサギ先輩を追うのは、容易ではない。人混みに紛れるからではなく、無軌道に、己の好奇心の赴くままに進んでいくからだ。

「ちょっと待ってくださいよ」

 ぼくが声をかけても、まったく聴いていない。休日の歩行者天国で、彼女の白衣姿は、浮き上がっては消える白波のようだ。しかし見失うわけにはいかない。彼女のフィールドワークに付き合うと決めたのはぼくなのだから。

 暫く経って、ようやく煎餅を頬張る先輩を見つけた。ぼくに気づいて、無邪気に手を振っている。

「毎回言ってますけどね、好き勝手に歩かないでください。ぼくがいないと困るでしょう」

「えへへ、ごめんごめん」

 これ、お詫びね、と煎餅を手渡されたが、お断りする。

「要りませんよ、食べかけだし」

「えー。美味しいのに」

 頬を膨らませる様子も、まるで子どもだ。自分のやりたいことだけやってきて、大学でも好きな研究だけしているせいか、この人は幼げな見た目も相まって、本当に子どもみたいだ。

 食べ終わり、目を輝かせて辺りを見ていた先輩が、声を上げた。

「あれ」

 先輩の小さな指が示す先には、子ども用の可愛らしい靴が落ちていた。道路脇の植え込みの陰に、片方だけ。先輩が気にかけるということは、きっと。

 拾い上げると、その靴の持ち主である少女の記憶が、ぼくの頭に流れ込んでくる。動揺、恐怖、そして悲しみ……。

「誘拐、ですね……」

「この子かな」

 アサギ先輩が掲げるスマホ画面に、今見た記憶の持ち主が映っていた。警察のサイトだった。


「いつも付き合わせてごめんね」

 警察からの帰り道、謝る先輩に、ぼくは横を向く。

「先輩の直感とぼくの霊感……超能力? まあどっちでもいいや、それを合わせれば、未解決事件の手がかりを見つけられる……悪いことじゃないですよ」

「うん。でも、ごめん」

 先輩が何に謝っているのか、ぼくは分からないフリをする。こういうところは年相応なんだよな、と思うとちょっとおかしくて、泣きそうになった。

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