ムスカリ

 彼女は、僕の家の人間とともに埋葬されるために生きている。そういう役なのだ。例えば僕の父が亡くなったとして、彼女は父の隣に埋められる。生きたまま土をかぶせられて、緩やかに息を引き取ることを強いられる。

「残酷だよ」

 初めて彼女の口からそれを聴いた時、僕はあまりのことに息を呑んだ。彼女は、僕が生まれた時から傍にいる。僕と殆ど変わりない年齢で、まるで本当の姉のような彼女が、そんなことのためだけに、金で買われて同じ家にいると言うのだ。しかし彼女は、ゆっくりと首を振った。

「そんなことはないよ。その時がいつ来るかは分からないけれど、そのお陰で私の本当の家族は私が死んだ後でもお金を貰っていけるし、私も、こんなに良い暮らしをさせてもらってる。本当なら、こんなにしっかりした服を着ることも、毎日食事を摂ることも、暖かい家で過ごして学校に行くこともできなかったんだから」

「でも……でも」

 僕は彼女がいなくなることを考えると、不安に押しつぶされそうな気がした。彼女が、その大きな目をこちらに見開いたまま、少しずつ土に埋もれていく様を想像して、泣きたくなった。彼女はそんな僕を抱きしめて、安心させるように微笑んでくれた。

 それが、つい先月のことだ。

 子どもの流行り病は進行が早いのだという、母と医者の会話を病床で聴いた。沈鬱な気配が寝台を取り囲み、家じゅうを覆っていくのを感じながら、僕は右手の温もりに頬を寄せた。彼女が、昼夜問わず付き添ってくれているのだった。

「大丈夫、怖がらないで」

 柔らかな言葉に、緊張が解けるのを感じる。

「その時は、必ず私が一緒だから」

 彼女の大きな目が、濡れたように輝いた。

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