キンカン
冬は、乾燥しているから苦手だ。喉に良くない。
2月に行われる大会と3月の卒業式での披露を控えている今時期に、喉を痛めるわけにはいかない。……いかないのだけれど。
「タチバナちゃーん」
えへんえへんと咳払いをしているところに、コンちゃんが駆け寄ってきた。もう授業は終わって、部活のある生徒しか残っていないはずなのに、どうしたのだろう。
コンちゃんはいつも笑っているような細い目をさらに細めて、にっこりとコンビニの袋を差し出した。
「ほらこれ、のど飴。タチバナちゃん、喉痛めたんでしょ?」
「え……。今、わざわざ買ってきてくれたの?」
「うん。なんか今日一日、ずっと調子悪そうだったから。商売道具なんだから、大事にしてね」
コンちゃんはそれだけ言って、さよならと帰ってしまった。自分で常備していたのど飴を切らして困っていたことに、気がついてくれるなんて。袋の中に入っていたのど飴は、とても美味しかった。
それから十年が経つ。
「上司の首根っこ掴んでええー振り回してやーりーたーいー」
「ひゅーひゅー! やっちゃえタチバナちゃーん!」
私とコンちゃんは偶然にも同じ企業に入社し、帰宅途中にカラオケに寄るのが慣例となっていた。学生のころに合唱部で歌っていたような夢と希望あふれる歌はもう歌わなくなってしまったけれど、コンちゃんは変わらず楽しそうに聴いてくれるし、自分も楽しそうに歌う。
「うし。じゃあスッキリしたし、帰りますか」
「じゃあタチバナちゃん、はい」
コンちゃんが差し出してくれるのど飴は、やっぱり甘くて、特別に美味しい。
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