みかん
コタツの中はいつでも変わらない。私の冷え切った足先を優しく暖めてくれる温度は一定不変で、それは毎回私が同じ温度に設定しているからなんだけれど、どんな私でも同じように受け入れてくれる。
「はい、みかん」
忙しそうに立ち働く母が、元気を凝縮した色の果実を目の前に置いていく。少し遅れて、使い込まれた昔ながらのコード付き掃除機が、その後ろを付き従っていく。母が別の部屋へ行ってしまうと、世界はまた静かになる。スマホもパソコンも自室に置いたままで、この部屋にある近代的な物と言ったらテレビと固定電話くらいだけれど、今はどちらも音を立てない。
みかんの皮を剥く。薄い皮は簡単にめくれ、白い、見た目奇形のマシュマロの帯みたいな繊維を気にすることなく、一房、口に運ぶ。つぶつぶが口の中で弾け、甘酸っぱい果汁が広がる。ビタミン、ビタミン。
暫く黙々と食べ続け、やがて一個食べ終えた頃、今度は掃除機を待機場所に送り届け終えたらしい母が戻って来た。
「はい、みかん」
そう言って、二個目を置いて、一個目の皮をさっと持って行ってしまった。
「お母さん、何か手伝うよ」
「良いの良いの、久しぶりに帰ってきたんでしょ。ゆっくりしてなさい」
仕方なく、私はまたみかんに向き合う。皮を剥いて、口に入れる。黙々と咀嚼して、その元気を取り込む。
台所から、母が野菜を切る音が聞こえてくる。鍋に張った水が次第に熱され、こぽこぽと音を立て始める。家は静かなざわめきに満ち、母は何も聞かない。
仕事を辞めた理由、言えるように練習していたんだけどなあ。
ぼんやりしている私の前に、母はまた、三つ目のみかんを置いて行った。父が帰宅するまで、まだ時間がある。私はあといくつ、みかんを食べることになるだろう。
元気の色が、私に反射する。
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