キク

 最近、獏の元気が無い。特殊生物外来に連れて行ったところ、私の方に原因があると診断された。

「あなた、あまり夢を見ませんね。夢を見る間もなくぐっすり寝入ってしまうタイプでしょう」

 なぜ簡単な問診だけでそこまで分かってしまうのか。私が居心地悪くもぞもぞすると、医者はカルテにペンを走らせた。

「美味しい夢を食べさせてやりなさい」

 処方された薬は可愛い桃色のカプセルだった。夜に一粒だけ飲み込み、既に獏が布団の側に待機しているのを確認して、私も布団に潜り込む。いつものようにすぐ眠気がやってきて、意識は一度、そこで途切れた。

 夢の中で私は、理想を全て詰め込んだ、完璧な恋人との逢瀬を楽しんでいた。ずっとしてみたかった知的な会話を交わし、夢の中らしく曖昧な筋立ての映画を鑑賞し、美味ということしか分からない料理に舌鼓を打った。恋人の住まいは豪邸だった。と言っても私の貧相な想像力のお陰で、細部に靄がかかった豪邸だ。バルコニーで愛を語らい、その後起こったことは、ちょっと口に出せない。

 目覚めると、朝日を浴びながら、獏が隣で満足げに眠っていた。久しぶりに美味しい夢を食べられて幸せだったのだろう。

 しかし、あんなに良い夢を見られる薬なら、毎日でも飲みたいところだ。

 そう思って薬の入っていた袋を見ると、中毒性があるため一月に一度までしか処方されないと書いてあった。

「君がご馳走にありつけるのは、一月に一度なんだってさ」

 呟きながら、獏の丸いお腹をつつく。幸せな夢を見ているのであろう彼は、静かに寝返りを打った。

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