ロベリア

「瑠璃色の悪意で心の溝を隠す。貴方にはぴったりでしょう」

 そんな言葉と共に彼女が差し出したのは、深い青……恐らく瑠璃色というんだろう……の、蝶々のような美しい花の鉢植えだった。しかし悪意だなんて随分と人聞きが悪い。私が睨むと、彼女は悪戯っぽく微笑んだ。

「昨日、図書室の本を破ったでしょう」

 ドキッとする。

 誰にも見られないように、人のいない棚を選んだのに。実際、あの時は誰もいなかったはずだ。

「窓の外、渡り廊下から見えてたわ」

 背中が壁に行き当たり、それ以上後ろには退けない。目の前には花の鉢植えを捧げ持った彼女が立ち塞がっている。そもそもこれまで、あまり接点が無かったのに、なぜこんな。

 彼女の口元が綻ぶ。それはまるで場違いな表情。校舎裏の日陰でこれから脅迫に及ぼうという人間とは思えない、楽しい世間話をしているかのような。

「一昨日の朝には委員長の教科書を隠した。その前日には……」

 どこで見られていたのか分からない。けれど彼女が並べ立てる私の罪状は、どれも全て事実だった。言い訳などできない。ここまで完璧に細大漏らさず言い当てられて尚、言い逃れをしようと思えるほど、私も馬鹿ではないつもりだ。

「それで? 何が欲しいの?」

 まだ続いていた言葉を遮って、私は聞く。しかし、彼女は驚いたように目を丸くした。

「欲しい? 私が?」

「これって脅迫でしょ。そんな花まで用意して、ばっかみたい」

 私が吐き捨てた言葉をまじまじと吟味するように、彼女は沈黙した。そして不意に、肩を震わせて笑い出した。

「誤解よ。この花はね、いつものお礼」

「は?」

「日常の中に、悪意を誘発する種は転がっているものよね。でも普通の人は、それを全て拾い上げて行動に移したりしないものなの。だけど貴方はそれをする。してしまう。そんな珍しいものを見せてくれる、お礼」

 貴方にぴったりの花だから、と彼女は呆然とする私に鉢植えを抱えさせ、耳元で囁いた。

「これからも期待してるわ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る