メランポジウム

 黒タイツがよく似合う子だ。

 彼女を初めて見た、入学式の時にそう思った。遅れて違和感がやって来た。式典だし、季節柄みんな冬服を着ているけれど、気温自体は春の陽気のお陰でかなり高い。この時期に黒タイツを履いている子は珍しい。

 彼女は同じクラスだった。もの静かで、休み時間も一人で本を読んでいる。期末試験が終わり、学校祭も終わり、一学期の終業式になっても、黒タイツだった。みんな、彼女がなぜそのスタイルを貫いているのか……なんなら、なぜ夏服になっても長袖ブラウスで、体育の時でも頑なに上着を脱ごうとしないのか気になりつつも、深く追求することはなかった。

 みんな薄々気がついていたのだ。彼女が何か、人に言えないことを抱えているのだと。それは、まだ高校生になったばかりの私たちには容易に触れがたいものだった。

 けれど、夏休み、私はばったり彼女に出くわした。黒タイツの代わりに黒ニーハイ、薄手の長袖サマーカーディガンの下に無地の半袖シャツを着た彼女は、学校で見るより遥かにお洒落で垢抜けていた。

「黒タイツじゃない!」

「……えっ?」

 あまりに雰囲気の違う彼女に興味が湧いて、私は彼女に無理を言って喫茶店に連れ込んだ。

「その……痣がようやく消えてきたので、少しずつ、こういうのも着られるようになって来たんです」

 私が無礼にも突きつけた疑問に、彼女はゆっくりと答えてくれた。どうやら父からDVを受けていたそうで、その痣を隠すためにあんな服装だったらしい。

「でも、母が離婚を決意してくれて……夏休み前に、引っ越しもしたんです。だから、もう黒タイツを履かなくて良くなりました」

 そうだったのか。あまり気軽に触れて良い話題でもなかった気もするけれど、疑問が解けて良かった。何より、彼女は思っていたよりずっと気さくで、話していて楽しい。

「ねえ、友達になろうよ。貴女と話すの楽しい」

 良いんですか、と嬉しそうに頷く彼女に微笑みかけながら、もうあのよく似合う黒タイツ姿を見られないのだろうか、とふと考えた。

 ああ、でも……、と私は思う。

 また着る必要に駆られれば、きっと。

 

 

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