イロハカエデ

 この星は退屈極まりなかった。観光客向けの踊りやら、名産品らしい硫黄臭漂う魚の活き造り、珍奇な形の果物の盛り合わせやら。ガイドの少年は無口で気の利いた冗句も言わないし、面白い所に連れて行けと言っても、酒場か花街にしか案内してくれない。

 おれが見たいのは、そんなモノじゃない。この星の美しい場所、本当の暮らし、観光客に隠されたものをこそ見たいのだ。そうでなければ、こんな辺鄙な星に取材道具を持ち込んだ意味が無い。ここでしか見られないモノが、きっとあるはずなのだ。

「おじさんは、観光に来たんじゃないの」

 ガイドの少年がわざわざ宿の部屋まで来て、そんなことを尋ねた。

「だから、そうだと言ってるだろ。取材に来たんだ。どこにでもあるようなモノじゃない、この星にしか無いモノを取材したいんだ」

 どこにでも、どの星にでも、そこにしか無いモノが必ずある。それは風景だったり文化だったり人そのものだったり、様々だ。おれはフリーライターとして星間を渡り歩き、そうしたモノを全宇宙に広げている。それがおれの使命だと信じているし、何より楽しみでもあるのだ。

 首を傾げる少年に、おれはたまたま持っていた自著を放った。それを慌てて受け止めて、少年はますます不思議そうな顔をした。

 翌朝、いっそのこともう帰星してしまおうかと考えていた時に、少年がやって来た。昨日までとは顔つきが違う。何か……ワクワクしているような。

「おじさんの本を読んだよ。おじさんになら、アレを見せてあげても良い」

「アレって何だ」

 馬形の何とかいう動物に跨って一時間ほど経ったろう。そこは、ここに来た最初に、宇宙船から何気なく眺めた大地だった。その時は荒凉として何も無かったのだが、今は。

「おい、何だよこれ……!」

 おれは夢中でシャッターを切った。そこには、見渡す限り続く、美しいオレンジ色の花畑が広がっていた。星型の花が螺旋状に連なって炎のようだ。つい三日前には葉の影すら見当たらなかったのに。

「昨日、この辺りで大雨が降ったんだ。この花は、そういうことが無い限り咲かない。どう?」

 少年が自慢げにおれを見る。

「他のどの星でも見たことないよ、最高だ。ありがとう」

 少年はおれが差し出した手を握り返し、はにかんだように笑った。利き手が塞がっていることが悔やまれる、良い表情だった。

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