カンナ

 彼は永遠に続く夢を見ている。彼の脳の視覚野データを映し出すモニターには、あの日、事故に遭わなかった私が、彼と幸せに暮らす日々が流れている。

「今日も目覚めませんでした」

 介助ロボが気の毒そうに、これで三百六十五日目です、と続ける。

 大切な人を失い、精神的な損傷を被った人間に、その相手との幸せな時間を提供するサービス。事故に遭った私が、もう目覚めないだろうと知らされた彼は、迷いながらもそれに申し込んだのだ。しかし、私は奇跡的に意識を取り戻した。そして、心の傷が癒えるまで目覚めることのない、彼の姿を見ることになった。

 いつ目覚めても良いように、モニターに繋がれた彼の寝台は、私の部屋に置いた。医師に頼んで、目覚めを促す薬の投与も行なっている。しかし、彼は起きない。

 基本的にモニターは彼の視点だが、切り替えると彼自身の姿を見ることもできる。画面の中で、彼は幸福そうだ。いつ見ても。その隣には私がいる。彼の記憶を元に再現された、架空の私がいる。

 いつからか、もしかするとこれは幸福なのかもしれない、と思うようになった。彼は彼の世界の中で幸福で、彼が幸福ならば私も幸福なのだから。

 なんて幸せなんだろう。

 私は泣きながら呟いた。

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