カルミア

 夜目、遠目、笠の内。そんな慣用句があることは知っている。だから、彼女に対して抱くこの感情が、錯覚かもしれないことも、重々承知だ。白レース傘の貴婦人、なんて心の中で勝手に呼んでいるけれど、トレードマークの日傘に遮られて、その全貌を拝めた試しは無い。

「……重症だな。顔を見たことも無いのに恋煩いとは」

 通学路、隣を歩く幼なじみは呆れを隠しもせずに言う。

「だってもう、マジで貴婦人って感じなんだよ。ナチュラルに高貴さが漂ってるんだよ。口元なんてそりゃ上品で……」

「あんな感じで?」

 立ち止まった幼なじみが目で示す前方に、話題の人が歩いていた。変わらぬ日傘に、毎日変わる美しい装い。歩き方も淑やかで、視線が吸い寄せられる。

「そう、あの人……」

 思わずついて行きかけたオレの肩を、幼なじみはがしっと掴んだ。痛い。こいつ、力の加減を知らんのか。

「あれはダメだ」

「はあ? なんで……」

 見ると、幼なじみは額に汗を滲ませていた。もしかして。

「あの人、……人じゃない?」

 幼なじみが頷くのを見て、思わずその場に蹲ってしまった。

「またかよ……なんでいつもオレが好きになるのはそんなんばっかりなんだ……」

「見る目がないんだろ」

 ムカつく。

「まあとにかく、あれには近づくな。そして、人間に新しい恋をしろ」

「……はい」

 霊感の強い幼なじみの言うことは、素直に聴いておいた方が良い。これまでも、こいつの言葉は全て当たってきたのだ。

 この時のオレの選択が正しかったことは、後に市内の男性が次々行方不明になっていたことが明るみになり、発見された彼らの遺体の下から、白レースの日傘を持った女の骸骨が発掘された時に、証明された。

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