キンセンカ

 医者も看護師も、無愛想で人間味を感じられない病院だった。

 確かに忙しいのだろうし、現に、私の足の処置をしている間にも続々と患者が押し寄せてきていた。別に優しさを求めに来たわけでは無いのだが、それにしてももう少し、微笑みなどを見せてはくれないものか。

 松葉杖をついて、大きな建物の外へ出る。これから暫く、リハビリも兼ねて、病院の内外をうろつかねばならない。灰色の建物の裏手には、私のような患者用の歩道が設けられ、意外にも手入れの行き届いた小さな庭が広がっていた。季節の花々が小さいながらも主張しあう、美しい庭だ。 

 立ち尽くしていると、先客がいることに気がついた。まだ中学生か、高校生くらいの女の子だ。茶色のワンピースが、夕陽射す庭に静かに溶け込んでいる。杖はついていない。私のようなリハビリ患者ではないのかもしれない。

 少女は、両掌の中に、何かを捧げ持っていた。少し近づいて見ると、それは金色の盃だった。私が見ている前で、確かに空だったその盃に、液体が満ちていった。深い青色をしたその液体が縁まで溜まると、少女はそれを、周りの花々に撒いた。赤い陽光にきらめくその様は美しかったが、なぜだか胸が苦しくなるような気もした。

「この水は、この病院で働く人、この病院に訪れる人、この病院に生きる人たちの、悲しみなんです。様々な形で訪れる別れに対する、悲しみ」

 少女が、私に向いて言う。

「彼らの胸の中は、いつもこの水で満ちる寸前なんです。だからこうして掬い取って、ここに撒くんです」

 言う間にも、盃は満ち、少女はそれを足下に撒く。今日、私の足を丁寧に扱った彼らの悲しみを、盃と同じ色の花に撒く。

「そうして育った花は、いつかこの盃になります。人の別れの悲しみを掬い取る、黄金色の盃に」

 少女は膝を折り、足下に咲いていた花を一輪、私に差し出した。私はそれを受け取った。無数の別れの悲しみを吸い、いつかまた無数のそれらを掬い上げる、美しい金色の花を。

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