2.百二十円
♪〜 軽快な音楽と同時に自動ドアが開いた。黒いロングパーカーに細身の黒いダメージジーンズ、黒いドクターマーチンのショートブーツを履いた人が入ってきた。目を引くのはその黒ずくめの姿のせいか、はたまた棚から首がしっかりと見える身長のせいだろうか。端正な顔立ちをしていそうだが、深く被られたフードで顔をはっきりと識別できない。その姿は頭に残るような、居なくなれば存在をはっきりと思い出せない。一度は目につくのに記憶には残らない、異様な存在だった。入り口から真っ直ぐドリンクの棚へと進む。扉を引きボトルを1本を持ってレジに進んだ。スイーツの棚を見ていた女子高生が振り返る。頬を少し赤く染め、何かひそひそと話している。お弁当コーナーを見ていた中年も振り返る。寄れたスーツを身につけ、眼鏡を軽く押し上げる。眉間にシワがより、怪訝そうに見ている。カウンターに置かれた赤いラベルの炭酸水。「百二十円です。」カタコトな日本語が聞こえた。スキニーのポッケから小銭を取り出す。三枚の小銭をカウンターに出すのとほぼ同時に「ポイントカードはお持ちですか。」店員の名札には漢字が一文字彫られていた。無言で首を振る。袋を受け取り自動ドアに向かう。軽快な音楽と店員の声が微かに背後から聞こえたような気がする。
コンビニを出て通りを進む。十字路を左に進み歩く。駐車場の車の影から茶色い物体が覗いている。屈んでみると顔を見せた。軽快しながら影から出てくる。香ばしいトーストのような色目に真っ暗な背中が見える。足元はまるで履き古した靴下を履いたようだった。フードを少し取るとその猫は近寄ってきた。右手を伸ばし触れようとするとスッと避けられてしまう。猫をしばし見つめてみる。何かを思い立ったかのように猫は尻尾を翻し、また影の中に戻ってしまった。猫が見えなくなるのを確認して立ち上がり、先程買ったペットボトルの蓋を開ける。プシュッと音が鳴り口をつける。喉にはシュワシュワした刺激が走り、歩みを進める。
右に曲がり細い路地を進む。二階建てのアパート。所々黒いペンキが剥げた階段を上るとキシキシと音がする。白い壁に木目調の扉が並ぶ。四つ目の扉を開けてブーツを脱ぐ。1LDKの部屋は玄関を入ると左手にキッチンがある。一部屋しかない部屋には簡易的なベットと小さな折り畳みテーブル。24型の小さな液晶テレビがあるだけの質素な部屋だった。ペットボトルをその辺に投げ、両手を広げベットにダイブする。寝返りをうち天井を見つめる。外から微かに夕暮れのチャイムの音がした。チャイムを最後まで聴くことなく意識を手放した。
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