第3話 Eraser

 バタバタとしまりのない足音が後ろから聞こえて、浅く息をんだ。

 間合いを耳で計り、ゆっくりと振り返る。

 ツーブロックと金髪。

 いかにもな二人組が、身体を揺らしながら歩いてきた。


 立ち止まり、メンチを切るのとは違う検分の目で、頭から爪先まで私を見る。

 視線を注がれるがまま硬直し、この二人もやはり知らないと思いながら、私は不良という存在には明確な共通項があるなと、妙に冷めた頭で考えていた。


 学校に来なくなって随分経つあの子たちを思い出す。

 公園で煙草を吸いながらタムロする、立ったり座ったりの姿勢。

 視線、手足、首の角度。揺れ。

 全ての度合いが動物めいた、言語以前のコミュニケーション。


 ツーブロがジャラリとネックレスの音を立てて、スニーカーを拾い上げた。 

「これ履いてたヤツどこ行った?」

 簡潔に答える以外の選択肢をなぎ払う口調。

 私は唇を結び、靴が行ったはずの方向を視線で示した。


「何で靴だけあんだろ、おかしくね」

「……片方ずつ脱げて、そのまま走って行った」

 脱いでと脱げては違う。

 でも不思議とウソを言っているつもりは無かった。


「つーかでけぇなコレ。チビのくせによ」

 あれっ、ともう一人の方が私の顔をまじまじと見た。

「てかオナ小じゃね? 6年1組だったよね? 何してんの? てか家向こうじゃね?」

 覚えてない。覚えてたとしても、風体が変わりすぎている。

 金髪。両耳にピアス。


「……塾の帰りだから」

「マジメじゃ~ん」

 ツーブロが丸太みたいな腕を肩に回してきて、私は身体を強張らせた。

 首に当たる皮膚の生暖かさに戦慄せんりつする。

 やめとけよ、と金髪が制する。冷めた目をしていた。


「ま、このへんブッソーだから早く帰った方がいいよ。じゃね」

 物騒。紙風船みたいに放たれた単語が、重みを増した。

 去り際に「じゃあね~」とツーブロが腰を卑猥ひわいに動かしてギャハハと笑い、私は皮膚が凍り付いた。


 唇を噛み締める。

 ……スマホを手に取る暇も無かった。

 見逃されただけだ。顔も名前も思い出せない不良のおかげで。


 二人の風下は、むせるほど甘い匂いがした。

 知らない草のような。お香のような。

 深く吸い込むと目眩めまいがしそうで、必死に呼吸をしずめた。


 金髪はもう片方のスニーカーを乱暴に拾い上げ、歩きながら電話を掛けた。

 あー、エスの金、持ち逃げっす。や、駅前の方行ったぽいす。じゃ南口で。

 ゲホゲホ、と何度か咳をしていた。

 声が聞こえなくなっても、遠ざかる咳の音は耳に届いた。


 やがて橋の方へと消えた。

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