普通じゃない世界

第12話 ビョードーの城

「ん、んん……、あれ、ここは……？」

　意識が浮上し、リュウはむくりと起き上がる。

「ここって、もしかして牢屋……？」

　周りを見回すも何もなく、リュウがいるのは小さな鉄格子の中だった。

　子供１人ぶんのスペースしかない小さな鉄格子の中に、リュウは転がされていたようだ。

　どれくらい寝ていたのかはわからないが、小さな空間で寝ていたせいか身体が固まってとても痛かった。

　とりあえず固まっていた身体をほぐすために「うーん」とリュウは大きく背伸びをしながら上や下も見回す。

　鉄格子はリュウが入っているもの以外にもいくつもあって、ビョードーの魔法なのだろうか、それぞれの鉄格子はぷかぷかと空中を浮かんでいるのが見えた。

「ヒナーーー！！　ヨシーーー！！　いないのかぁあああ！？？　いたら返事をしてくれーーーーー！！」

　リュウは、大声を出しながらよく目を凝（こ）らして上や下の鉄格子の中を見るものの、どれもこれも空っぽのようだった。

　返事も特に返ってくることなく、近くにヒナもヨシもいないことを知って不安になる。

　どうやらリュウが寝ている間にビョードーの城に連れてこられ、３人バラバラにされてしまったらしい。

「オレ、これからどうなるんだろう……」

　不安でリュウは身震いする。

　リュウが魔法で寝かされる間際、真っ先に自分を「普通」にすると言っていたビョードー。

　ということは、今すぐにでも「普通」に変えられてしまうかもしれないと思うと、リュウはとても不安になった。

　＿＿普通になんか絶対になりたくない！　オレはオレのままがいいんだ！　争いを起こさないからと言って、あんな濁ったガラス玉のような目になるのは嫌だし、絶対ここから脱出して元の世界に戻ってやるんだ！！

　リュウは恐い気持ちを抱えながらも、必死に自分自身を鼓舞（こぶ）する。

　「あんな魔女なんかに負けない！」と意気込みながら、どうやってここから抜け出せるかを考える。

「オレに特別な力がなくたって、なんとかしてみせる！」

　リュウは自分に言い聞かせるように言うと、「うーん！！！！」と思いきり鉄格子を引っ張って開けようとする。

　だが、鉄格子は開くことも歪（ゆが）むこともなく、全くびくともしなかった。

　それでも、リュウは諦めなかった。

「まだまだー！！」

　今度は全体重をかけて鉄格子を握りながら、後ろに倒れるようにぐいーっと引っ張る。

　けれど、やはりリュウの力や体重だけでは全くびくともしなかった。

「はぁはぁはぁはぁ……っ！　くっそ！　全然壊れねぇ！！」

　ガンガンガンガン！　と今度は鉄格子を蹴るものの、壊れるはずも開くはずもなく、ただ足が痛むだけ。

　それでもリュウは諦めずに、何度も何度も脱出するために色々な方法を挑戦した。

「はぁああああ、全っ然壊れない……」

　しかし、何度試してもやっぱり出られるはずもなく、リュウは息切れしつつ、鉄格子の中でへたり込む。

　＿＿これだけやっても出られないなんて。てか、オレのピンチいっぱいあるのに、マジでオレには特別な力はないのか……。

　挫（くじ）けそうになりながらも、別の方法は何かないか、と考えようとしたそのときだった。

　突然ふわふわふわ……っと鉄格子が宙を舞ったかと思うと、今度はギューンと加速してどこかへ向かっていく。

「うわぁっ！　な、なんだなんだ！？　ぎゃあああああああああ！！！　どこに行くんだーーーーー！？？　し、死ぬぅうううう！！！」

　まるで小さなエレベーターが、上に下に右に左にと縦横無尽（じゅうおうむじん）に動き回っているような状態で、ジェットコースターが苦手なリュウは鉄格子の中で何度も振り回されてボールのようにポンポンと身体を弾ませていた。

「……うぇ、……もう、この世界、嫌だぁ……っ！」

　リュウが半べそをかきながら鉄格子ごと連れて来られたのは、とても大きな扉の前だった。

　自分の何十倍もありそうな大きな扉がそこに佇（たたず）んでいる。

その扉の前にいるだけで、何か得体のしれない恐怖を感じ、ぞわぞわぞわっと産毛が逆立った。

＿＿この中に何かいる。

リュウはごくりと生唾を飲み込む。

そして、ギギギ……っと扉が重たい音を立てるとゆっくりと開いていき、扉が開ききると鉄格子が吸い込まれるように部屋の中に入っていった。

【やっと起きたのかね。待ちくたびれたよ】

「いててててて……っうわぁ！！」

　お尻を強打して、痛みをまぎらわすようにさすりながら顔を上げると、そこにいたのは今まで見たこともないほど巨大な魔女、ビョードーだった。

　捕まったときは布のようなもので覆われていて何も見えず、声しか聞こえなかったから気づかなかったが、目の前にいるビョードーはまるで家と同じくらいの大きさがあり、目はギョロギョロと大きく、鼻はかぎ鼻、口は耳の辺りまで裂けていて、あまりにも見慣れない姿にリュウは怖気づいた。

【おや、随分と静かになったねぇ、少しは反省でもしたのかい？　ヒッヒッヒ……】

　でも、ここで弱気なところを見せてはいけないと、リュウは必死で歯を食いしばりながら、震える足を手で押さえて、先程捕まったときと同じように抵抗する。

「べ、別に、そういうんじゃねーよ！　ちょっと、色々あっただけだ！！」

【そうかい、やっぱりまだ生意気な口のようだねぇ。じゃあ、今すぐその口を聞かせられなくしてやろう】

「うぅ！　んむぅ……っうぅううううう！！！」

　まるで唇が縫いつけられたかのように口が開けなくなるリュウ。

　きっと魔法を使っているのだろうが、あまりにも大きさも強さも違う敵に、挫（くじ）けそうになる。

　でも、諦めなければまだ可能性はある、どこかにチャンスはきっとあるはずだ、とリュウは諦めないでキッと強い眼差しでビョードーを見据えた。

【おやおや、いい加減しぶといねぇ。さっさと諦めてしまえばいいものを。……まぁいい。時間をかけてもしょうがない、すぐにでもお前を「普通」にしてやろう】

　そしてガチャンと鉄格子が開くと、ぺいっと外に放り出される。

　顔面から着地し、「うぶっ！」と倒れ込むと、ケラケラと愉快そうにビョードーが笑った。

　リュウは笑われたことで、さらに敵意を剥（む）き出しにしながら、言葉の代わりにキッとビョードーを睨みつけることで反発する。

【あぁ、嫌だ嫌だ。その目、強い意志を感じる瞳。あたしゃその目が大嫌いなんだよ。もういい、お望みどおり今すぐ「普通」にしてやろうじゃないか！】