第10話 帰る方法

 どうにかドロドロのチョコレートを3人でわけあって食べ終わったあと、先にヒナが空を飛んで海で手を洗う。

 そのあとヒナが戻ってくると、リュウとヨシの腕を引っ張りながら、水面ギリギリまで2人を近づけて、手を洗わさせる。

 そして、誰かに見つからぬように用心しながら、また灯台の上に戻ってきた。


「手、拭けたー?」

「うん。拭けたよー!」

「リュウくんは?」

「おー、洗ったからヒナ、タオル貸してくれ」

「もう、自分でタオルくらい持ってきなさいよー! って、ぷぷぷ。リュウくん、顔についてる」

「え?」

「ほら、ここここ。鏡見る?」


 ケラケラ笑うヒナに顔を指で差されたあと、小さな鏡を見せられる。

 そこには口元にまるでヒゲのようにチョコレートがついた自分の顔が映り、リュウは恥ずかしくなって顔をカッと赤らめた。


「ひ、ヒナがドロドロのチョコレートなんか食べさせるからだろ!」

「あー、はいはい。ドロドロで悪かったわねー!」

「それ、謝る態度じゃないだろ」

「もう、食べたくせに文句言わないでよー! しつこい男って嫌われるんだよー?」

「なんだとー!? 別にオレはヒナから好かれようとは思ってないしー!」

「私だってリュウくんみたいに偉そうで意地悪な人は嫌ですー!」

「2人とも、すぐ喧嘩しないでよ!」


 ヨシに言われてお互いにムスッとしながらもヒナはティッシュを取り出すと、リュウの顔についているチョコレートをぬぐってあげる。

 リュウはリュウでティッシュを持っていないため、大人しくされるがままになっていた。


「ほら、これでいーでしょ?」

「……ん」

「何か言うことは?」

「あー、……ありがと」


 まるで母に世話を焼かれる子供のような気分になって、再びやり場のない羞恥心しゅうちしんがこみ上げるリュウ。

 とはいえ、またここでヒナにたてつくと色々と面倒なのわかっているリュウは、しぶしぶといった様子ながら小さく感謝の言葉を述べると、ヒナは満足そうに笑った。


「ところで、このあとどうする? リュウとヒナちゃんは帰り方知ってる?」

「いんや、全然。そもそもオレ達ここから帰れるのか?」


 せっかくリュウとヒナとヨシ、3人がそろったのはいいが、今のところ帰る方法がまだわかっていない。

 せっかくみんなが集まれたのに、もしかしたらこのまま帰れないかもしれないと思うとリュウはとても落ち込んだ。


 __母さん、父さん、じーちゃん、ばーちゃん、元の世界のみんなに会いたい。


 あの濁ったガラス玉のような瞳をしているまがいものの人達ではない、普段からよく知っているみんなに、リュウは会いたかった。


「あのさ、もしかしたらなんだけど……」

「何だ? ヒナ、何か知っているのか!?」


 ヒナがぽつり、と急に真剣な表情で話し始めるのをリュウが食いつく。

 すると思いのほか顔が近かったからか、リュウはぐいっとヒナに顔を押し返されてしまった。


「ちょっと、リュウくん近いってば! いつもそうだけど、落ち着いて聞いてよ!」

「お、おぉ、悪い悪い。つい気になって」

「もう、だからって……!」

「ヒナちゃん! それで? さっきの、何か気になることがあるの?」


 再び喧嘩が勃発ぼっぱつして話が脱線しそうなのを、ヨシが慌てて止めて元に戻す。


「あー、うん。それでね? 噂を聞いたときには意味がわからなかったんだけど、噂とは別に違う話を聞いたのを思い出したんだ……」

「「別の話?」」

「うん。もし異世界に行ったときは、同じ場所でみんなで一緒に帰りたいって願うんだって。この話は神社の氷の噂とは別で聞いたんだけど、もしかしたらこの話って、帰り方のことなんじゃないかなって思って」

「どういうことだ?」

「同じ場所……って、もしかしてこの世界に来たときの神社の水たまりの氷の上、ってこと?」

「いや、でもオレさっき神社に行ったとき、来るときと同じように氷の上に乗って帰りたいってお願いしたけど、何もなかったぞ? だから多分違うと思う」


 ヨシが推測して言うのを、すかさずリュウが否定する。

 それに対して今度はヒナが指摘した。


「でもそれって、リュウくん1人でやったんでしょ? まだ私達みんなで試してないじゃん。あのとき3人いっぺんに落ちたんだし、みんなで一緒にってことは私達3人でやらないといけないんじゃないかな?」

「た、確かに……」


 リュウは何度も試みたものの、ヒナに言われた通り、あのときと同じ状態だったかと言えば違う。

 みんなで一緒に、というのがここに来たメンバー全員一緒に願うというなら、それは試してみる価値はあるかもしれない、とリュウは思い直す。


「じゃあ、また神社行ってみるか?」

「うん。私はそうするのがいいと思う。もしかしたら成功するかもしれないし、ダメだったらダメだったで別の方法を考えよう?」

「そうだな。帰る方法がわからないなら、試してみるのもありかもな。それで帰れたらラッキーだし」

「ということで、とりあえずものは試しでやってみようよ! ちなみに、ヨシくんはどう思う?」

「うーん。まぁ、いいんじゃ、ないかな? そうだね、試してみようよ」


 なぜかヨシだけはっきりしない言い方をするのが気になりながらも、リュウは「そうと決まれば早速神社行こうぜ!」と音頭おんどをとる。


「ちょっと、リュウくんが仕切らないでよ!」

「いいじゃん、いいじゃん、別に。そんなの気にすんなよ〜」

「もう〜。……あ、そうだ! もう元の世界戻ったらこうして空飛ぶ機会ないだろうから、神社行くまでいっぱい面白く飛ぼうかな〜!!」

「あ、それいいね! ボク賛成!!」

「はぁ!? い、嫌だよ! オレは反対!! ぜってー無理!!! 断固反対!!!!」


 ヒナの提案に、全力で否定するリュウ。

 だが、ヒナはいい考えだとばかりにニコニコしているし、ヨシはヨシでまた飛べると思うと嬉しくて、興奮気味だった。


「はい! 多数決だといっぱい面白飛行のほうが多いから、リュウくんは諦めてくださーい」

「ず、ずるいぞ! そんなの卑怯ひきょうだ!!」

「リュウ、諦めて楽しんだほうがいいよ? そのうち楽しくなるって、ね? 滅多にない機会だし、飛んでるうちに楽しくなるよ!」

「いーやーだーーーーーーー!!!」


 精一杯リュウは駄々をこねながらも、ヒナにがっしりと手を握られたら逃げられず。

「ひやぁああああああ!!!」という情けない声とともに空の旅へと連れて行かれてしまうのだった。

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